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三重バイオレットアイリス2018/2019シーズンを監督係目線で振り返ってみる

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本当に色々あった1シーズンだった。毎年、毎年色々あるが、今シーズンもエキサイティングでタフなシーズンだった。三重バイオレットアイリスの2018/2019シーズンを監督係目線で振り返ってみようと思う。

【プレーオフ】
いきなりだが、先ずはプレーオフの関して振り返ってみる。オムロン戦に関して、一言で表現するのであれば「無念」これに尽きる。前半はほぼゲームプラン通りの試合展開だっただけに後半立ち上がりの失速が本当に悔やまれる。一年間の集大成。一発勝負のプレーオフのオムロン戦は今シーズンの縮図のような60分だった。1シーズン通しての良い波も、良くない波も、60分の中に凝縮されていた。分かっているけど、ノーマークシュートを決めきるのは簡単でもあり、難しくもある。

【2つの大前提】
次に今シーズン全体を振り返ってみる。と、その前に大前提としてシーズン前から頭に入れておく必要のあることが2つあった。チームのメンバー構成(GKと右サイドをどうするか?)と自分自身の日本代表コーチ活動(不在期間をどうするか?)についてである。
GKと右サイドをどうするか?
一点目のメンバー構成について、昨シーズンから今シーズンにかけて引退者及びチーム退団者はゼロ。しかしGK高木が産休、右サイド島居がケガでリーグ開幕には不在。主力2名を欠く厳しい状況でのシーズンスタート。GKは岩見、花村。右サイドは当初、水谷、佐野、そして團あたりの併用を考えていた。

【三重バイオレットアイリス監督と日本代表コーチと】
二点目は自分自身の日本代表コーチ活動について、日本リーグ開幕前の殆どの期間と11月中旬からブレイク期間にチームを離れることになる。日本リーグ開幕までの4^9月まではアジア競技会(ジャカルタ)へ向けて、日本リーグブレイク期間はアジア選手権(熊本)へ向けて、レギュラーシーズン中以外の約130日、僕は鈴鹿を離れることになり、この期間は梶原BMにチームを託すことにしていた。社会人選手権は出場回避、国体&日本選手権の2つのトーナメントは梶原が指揮をとり、僕は日本リーグに集中させてもらうことにした。

【福井国体、そして日本リーグ序盤戦】
9月上旬、アジア競技会を終えてチームに戻った。直後に福井国体が控えていた。ここでは梶原がチームの指揮をとってくれた。僕はベンチに入りながら、チームのサポート役に回った。結果は初戦の福岡県(福岡大学)には大勝し、翌日の石川県(北國銀行)には大敗だった。福井国体を終えて、鈴鹿に戻りここまでチームを率いてくれた梶原からバトンタッチして本格的に僕がチームを観るようになっていった。そして、数日後には日本リーグが開幕。年内の10試合はチームのベースを作りながらの戦いが続いた。目先に勝利に当然拘っているが、「今シーズンこのチームはこうやって戦っていく」というベース作りも並行して行っていた。戦いながらチームを作っている。そんな感じだった。懸案事項の右サイドも森本と河嶋を右BPと右サイドをある程度自由に交代しながら回せるように二人をセットで投入したり、ルーキー團のスピードプレーを試してみたり、試行錯誤する試合が続いた。

【司令塔の離脱と前半10試合】
そうこうしていると、前半6試合を終えたところで司令塔の加藤も膝のケガで離脱。シーズンの残り3/4にあたる18試合を司令塔不在で切り抜けていく必要に迫られた。。11月に入って北國銀行、オムロン、SONYと勝負の掛かった上位チームとの戦いも3連敗。結局、前半戦10試合を終えて4勝5敗1分、この時点で6位。そしてアジア選手権の参加する為に、原、多田と僕はチームを離れた。

【日本選手権に向けて 救世主・梶原】
この期間にチームの立て直しを図ってくれたのが他でもない梶原だった。前半戦に作りあげたベースに則った上で、シンプルに目の前の相手を攻めることの大切さを説き、その徹底を図ってくれていた。アジア選手権を終えて日本代表組がチームに戻り、12月末の日本選手権を迎えた。シーズン前の予定通りこのトーナメントも梶原が指揮をとってくれた。日本リーグの前半戦で2連敗を喫していたオムロンに10点差以上の大差をつけて勝利を収めた。初の決勝進出を狙った準決勝の北國銀行戦では前日の大勝が嘘のようにボロ負けした。とは言え、3年連続の大会ベスト4進出を果たすことができた。

日本選手権後、梶原本人曰く「日本選手権前のチャレンジカップ(HC名古屋、SONYとの)を開催できたこと。実戦形式で指揮をとることができたことが大きかった」とのこと。実際にこの大会でSONYは優勝、僕が観ていてもそれは強く感じた。
日本リーグ後半戦に向けて
12月末、日本選手権後。梶原からバトンタッチを受けて僕が再びチームを指揮していくことになった。梶原とも話し合って、攻撃に関してはそのまま彼に見続けてもらう形で日本リーグ後半戦に向けて準備を整えていくことにした。良いものはそのまま継続していこうと思った。

1月は4週連続で週末2連戦が続き合計8試合が控えていた。右サイドの島居はリハビリに苦しみ戦線復帰に目処が立たず、運動量あるDFで何度もチームを救ってきた中田もこの時期にコンディションを崩して戦線から離れていた。普段の練習に僕や梶原が加わらないと6対6が出来ない年末年始の練習だった。

【この時に監督係が考えていたこと】
この頃に僕が考えていたこと。それは「リーグ後半戦プレーオフ争いを生き残る為どうしていくか?」「調子が悪い時にどう勝点を積み重ねていくか?」「その為には何が必要か?」だった。つまり「もう今日は調子が悪いからしょうがない」「自分の思う通りにいかないからしょうがない」ではダメだということだ。想定外のことが起きようが、思う通りにプレーができなかろうが、ここから先の戦いでは苦しい時にどれだけやり抜けるかが大事になってくる。

【心を整えるが8割】
上手くいかなくて精神的に追い込まれた時に、心を整えて、人の話を聞いて(戦術を頭に入れて)次のプレーでそれを表現できるか?上手くいっている時は当たり前にできていることを、精神的に追い込まれた状況の中でもやり切れるか?ここが勝負の分かれ目になってくると考えていた。こうした部分は数値化することが難しいが、直感的にそう感じていた。いくら戦術的なことや作戦を周りが授けても、それを遂行できる精神状態でなければ絵に描いた餅。時間、点差、対戦相手、仲間のメンバー構成、ベンチの向き、そういった事を常に頭に入れて最適の戦術を選択し、最高のプレーを表現する。その為には心を整えていく必要がある。

【戦術は6割】
例年、日本リーグまでの準備期間に個人能力向上系のトレーニングを徹底的に行うのだが、今シーズンは先に(前半戦を通して)チームの型を作ることを優先した。そうせざる得なかった。後半戦は戦術的には6割くらいのフレーム(因みに前半戦は8割くらいのイメージ)を作りながら、勝負ところで選手が自分たちで決断して乗り越えていけるようなアプローチに切り替えていった。日々の練習でもルールや状況設定が変わるメニューにシフトさせていき、常に状況判断や意思決定が必要な状況を選手にぶつけ続けたい。徹底的に個人の強化を図ることにフォーカスしていった。とは言え、こうしたアプローチに即効性はあまりない。それでも勝負ところでこうした部分が必要になってくると信じていた。前半戦に作った型を後半戦に伸ばした個人能力でやりきることができれば、どこかで爆発してチームは一気に加速する。それが間に合わなければプレーオフにたどり着けない。それくらい割り切って後半戦は自分たちの能力高めていくことに集中した。

【苦戦の1月、4週連続2連戦】
1月も暫くは苦戦が続いた、年明けの広島メイプルレッズ戦では前半一時8点リード奪いながらもじわじわと追い上げられての痛恨の逆転負け、しかもこの試合でここまで好調を維持していたGK花村が眼球を痛めて数試合プレー出来なくなった。ここで奮起したのがGK岩見だった。ホームでのオムロン戦、勝負のかかったアウェーでのブルズ戦をたった一人でゴールを守り抜きチームを勝利に導いてくれた。この2連勝で波に乗っていけるかと思った矢先の熊本でのHC名古屋戦ではまさかの1点差負け、更には1月末の大阪ラヴィッツ戦ではドロー。正しく崖っぷちの状況が続いていた。

【怒涛の6連勝、3年連続プレーオフへ】
しかし選手たちはこうした時も結果、内容、チーム、自分と正面から向かい続けてくれた。涙を流しながらの激論を重ねて、それでも前を向いて歩みを進めてくれた。上手くいかない試合での学びがあったから1月末から3月上旬にかけての6連勝に繋がった。1月の敗戦や引分けと正面から向き合うことなければ、2月頭の大阪ラヴィッツ戦で後半残り20分からの8点差をひっくり返した逆転勝利はなかった。

2月上旬の福岡でのSONYとの一騎討ちに勝利した事で、もう駄目だと諦め掛けていた周囲の空気が一変した。(やっている僕らはずっと自分たちで次第で何とでもなると思ってやっていたが)逆にここからが難しいもので、実質プレーオフ確定だの何だの、周囲の風向きが変わった。油断大敵である。こう言う時が一番危ない。勝負は下駄を履くまでわからない。僕らはまだ何も手にしていない。「ここからプレーオフを決めるまでにもう一山も二山あるよ」チーム内では盛んにこうした声が飛びかっていた。

今シーズンの日本リーグのプレーオフ争いを加熱させた要因の一つが、李美京を補強した飛騨高山BB岐阜だろう。しかし僕らとの第3戦を前にエース李はチームを退団し韓国へ電撃移籍していった。得てしてこう言う時こそチームは纏まるものだ。警戒していた通り、この時の飛騨高山BB岐阜は素晴らしい集中力を発揮。最後の最後まで一進一退の攻防が続き、多田のノータイム7mtで何とか一点差で勝利した。

そして翌週のHC名古屋戦、この日は条件次第でプレーオフ進出が決まる可能性がある試合だった。終始相手にリードを許す展開が続いたが、最後の最後で万谷が逆転打をねじ込み、辛くも一点差で勝利した。僕らの試合と並行して行われていたSONYが敗れた為に、僕らの3年連続プレーオフ進出が確定した。過去2シーズンは最終戦で共にHC名古屋に勝利してプレーオフを決めた。今シーズンは最終戦を待たずにプレーオフを決めることができた。しかし、やりきったと言う感覚は全くなく、今年こそプレーオフで勝利を掴みとろう。チーム全体がそう言うムードに包まれていた。

個人的にはシーズン終盤までプレーオフ争いで凌ぎを削りあったチームの分まで、やってやろうと言う気持ちが強かった。特に飛騨高山BB岐阜、HC名古屋とは東海のクラブチーム勢で切磋琢磨してと言う気持ちでやっているし、今シーズンは初めてシーズン終盤まで3チームともプレーオフ争いに絡んでいたので、尚更その気持ちは強かった。結果的にプレーオフでは前述の通り、今回も勝利を上げることはできなかった。まだ何かが足りない。

【4つのターニングポイントとそこからの学び】
今シーズンのターニングポイントになった試合はいくつかある。10月末に四日市で大敗した広島メイプルレッズ戦、年明けの8点リードから逆転負けを許した広島メイプルレッズ戦、熊本で1点差で破れたHC名古屋戦、1月末の引き分けに終わった大阪ラヴィッツ戦。特にこの4戦(敗戦や引き分け)からチームとしての学びが多かった。この4試合はいずれも、苦しい展開になった時に踏ん張りきれなかった試合だ。

年末年始に感じていた、上手くいかない時にも勝点を積み重ねていくって部分。4つのターニングポイントからの学び、正面から向き合うことがなければ終盤の6連勝はなかった。6連勝中も決して簡単な試合ばかりではなかった。むしろ苦しい試合の方が多かった。大逆転の大阪ラヴィッツ戦、1点差の接戦を制した飛騨高山BB岐阜戦、HC名古屋戦とまさしくそんな試合展開だった。それでも選手たちは苦しい展開の時こそ、声を掛け合い、勇気を出して前を狙い続けて勝利をもぎ取ってくれた。

【若い力の台頭】
シーズン前の懸案事項だったポジションでは岩見、花村の両GK、右サイドに團、森本、センターに林と新しく入った選手がきっちりと役割を果たしてくれた。また後半戦の快進撃の影の立役者はDFとFBで存在感を示した細江だった。森本や細江の台頭は当初シーズン前の構想とは違う形だったかもしれないが、競争と協力の中で自然にハマっていった感がある。

【存在感を示した主力陣、修羅場をくぐり抜けてきた彼女たち】
またこうした新しい力を引き出しながら、シーズン終盤戦の大事な時にチームを牽引してくれたのは万谷、原、多田、近藤ら主力陣なのは言うまでもない。過去2シーズンプレーオフ争いの数々の修羅場を潜り抜けてきた彼女たちは観ていて本当に頼もしかった。

【今、監督係が考えていること】
終わってみれば、レギュラーシーズン24戦13勝9敗2分勝点28(前半戦10戦4勝5敗1分、後半戦14戦9勝4敗1分)で駆け抜けることができた。平均得点に目を向けると前半戦19.2点、後半戦23.8点と4点以上、得点力を上積みすることができた。これは日本選手権以降、攻撃をほぼ任せていた梶原の存在が大きい。

バイオレットの監督とおりひめJapanのコーチの両立はもちろん簡単ではなかったが、やり甲斐があった。梶原との二人三脚はシーズンが深まるにつれ、面白味と手応えを感じていた。この部分は選手、梶原、そしてスタッフに感謝しても仕切れない。

プレーオフの切符を掴み取るまでの経験全てが選手とクラブの財産。いい時ばかりではなく、苦しい時に勇気を持ってチャレンジできるか、一致団結できるか。ごく当たり前のことだが、後半戦になるにつれて我々が大切にしているそういった部分を選手たちがプレーで表現してくれるようになった。心を整えること、選手の人間的な成長がチームの勝利に繋がっている事を再確認できた。プレーオフ単体では純粋にシュートを決めきることの大切さと難しさを痛感した。

春先から種まきしていた速攻やスカイプレーなどリーグの後半戦の苦しい場面で自然で選手たちがコートで表現できた。前半戦にチームのベースを作り、後半戦に個人能力を伸ばす方向でやってきたことが、1月末以降に勝負がかかった場面で少しずつプレーに出始めた。
今シーズンも決していい時ばかりではなく、むしろ苦しい時の方が多かった。そんな時ホームゲームでの大声援が本当に力になった。アウェーゲームでも応援に駆けつけてくださる方の存在に勇気を頂いた。プレーオフでは初勝利の喜びを共有することは出来なかったが、3年連続プレーオフ出場を果たせたのは選手の努力と多くの方のご支援があればこそ。

一年間本当にありがとうございました。



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