ブログ&ニュース ( 三重バイオレットアイリス )

2019年度末と2020年度始めの話。

[ 三重バイオレットアイリス ]

昨日3月31日2019年度が終わり、本日4月1日から2020年度が始まる。

2020年2月27日以降、一ヶ月以上チーム全体でのハンドボールは行われていない。この一ヶ月の事を書き残しておこうと思う。

新型コロナウイルスの影響を受け、2月29日、3月1日の日本リーグの最終週2試合と3月13^15日のプレーオフは中止が決定し何とも言えないシーズン終了だった。この頃は、まだどこかで対岸の火事的な思いが自分自身にもあった。「そこまでする必要があるかな?」と当時は考えていたのかもしれない。

レギュラーシーズン最終週2試合に勝利していれば、MVIとしては過去最高位の3位に入る事ができた中でのレギュラーシーズン終了になり、やりきれない気持ちで一杯だった。

3月4日にプレーオフ中止の発表がJHLからあるまではコンディションを維持しつつチームで活動していた。レギュラーシーズン最終2試合とプレーオフは中止になったが、シーズンの総括や振り返りを済ませてチームはオフ期間へ入った。(オフとは言えども、選手は当然、仕事があるので、チームでの練習が無いって言うだけだが)

シーズン途中に加入してきた大学生3名に関しては3月13日まで新シーズンへの準備と傷害予防を兼ねて基本動作修得のトレーニングを継続。またトレーニングと並行して、目標設定やバイオレットの選手としての在り方などを考えて貰う機会を設けた。

新加入選手への各種対応をしつつ、既存選手との個人面談を実施。選手からの一年の振り返りを受けての監督&コーチからのフィードバックを行なった。

引退及び移籍の意向を聞き調整に入ったり、リハビリ中の選手の職場へ経過報告に行ったり、産後からの競技復帰を果たした選手のサポートチームの皆さんとの1年の振り返りミーティング行なったり(この時期なのでWebミーティング)、新加入選手たちの4月からの雇用先企業との調整だったり、代表選手たちの取材調整だったり。何だかんだとバタバタする日々を送っていた。

そう言えば、バタバタする日々の合間を縫って、3月上旬に同じ鈴鹿市内で引越しをした。42年の人生で20回以上引越しを経験している。前の家から信号機4つの引越しなのだが、何だかんだと一ヶ月ずっと家の片付けをしている。

話が脱線した。

本来であれば3月13日から東京でプレーオフを戦う予定だったので、この時期は「本当にこれで今期終わるんだぁ」って言う、やりきった感の無い不思議な感覚を持ちながら、2019シーズンの締めと2020シーズンの準備に追われる日々が続いた。

2020シーズンの準備の中には、代表チームコーチを継続した場合(現在の業務委託契約期間は2019年5月1日から2020年3月31日)の不在期間の準備も含まれる。この頃はまだ東京五輪の延期は決まっておらず、4月以降はほぼチームに居ないことを予想しながら、MVIの2020年度の活動計画を練っていた。

それぞれのタイミングでオフをとっていた選手たちが帰省から鈴鹿に戻ってきた。新加入の選手たちの卒業式も中止やコンパクトな形式になるなど、新型コロナウイルス感染拡大の影響がジワジワと日常生活でも感じられるようになってきた。東京を中心にいよいよ日本各地で感染拡大の様子がヒシヒシと伝わってくるようになった。

そんな中、3月24日の夜に東京五輪延期の報道があった。この決定を受けて、先に東京五輪に向けて強化活動をスタートさせていた男子日本代表チームの国内合宿がストップした。

オフに入る前のMVIの計画では3月25日から自主練習開始、3月31日ミーティング、4月1日から活動開始予定となっていた。この計画に基づいて、医療スタッフに活動ガイドライン(新型コロナウイルスに対して)を準備してもらっていた。

3月31日のミーティングではチームを離れる選手(引退・退団)から挨拶の機会を設ける予定だった。もっと言えば、オフに入る前は送別会的なことを考えていたが、それも取りやめて短いミーティングに変更していた。その中で、一言だけでもチームを離れる選手からの挨拶の機会と送り出す機会を作りたかった。メディアスタッフもインスタライブなどで、引退選手を送り出す準備をしてくれていた。

30日の午前中まで上記の予定で進めていたが、ガイドラインを踏まえてチームドクターに相談し、ご指導を頂いた。その上で最終判断をし、30日の深夜に31日のミーティング中止と4月1^12日までの期間の活動停止の決定を全選手に伝えた。

3月31日には、クラブの理事及び関係各位に上記を伝え、4月1日(ついさっき)に公式HPでもアナウンスした。

「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止対応について。」

本来であれば、チーム退団者を送り出し、インスタライブを配信していたであろう3月31日の夜にとある選手から電話があった。

「自宅で在宅トレーニングしたんですけど、みんなでテレビ電話しながら一緒にやったんですよー。こんなご時勢だけど、この様子をSNSで出しても大丈夫ですかねぇ???」

時を同じくして、梶原GMからの電話。

「櫛田さん、選手からの連絡きました?アイツら、何なんですか?最高ですよね。もうSNSに出してもいいですよね?どう思います?」

引越しして間もない家で鍋をつつきながら、ニヤニヤ顔で電話している僕、僕の側でこれらのやり取りをニコニコしながら聞いている妻と息子。

このクラブでこの選手とこのスタッフとこの仕事が出来ること、それを支えてくれる家族がいること、こんな大変な時だけど何とも誇らしい気分になった2019年度末と2020年度始めの話。



MVIの新しい歴史を作ろう

[ 三重バイオレットアイリス ]

九州遠征を終えてフェリーに揺られて鈴鹿に戻ってきた。先週末の試合結果を受けて4年連続のプレーオフ出場が確定した。

山梨での北國銀行戦に勝利した時点で10戦6勝4敗(勝点12)、その週末の東海地区での2連戦(HC名古屋&オムロン)は1勝1敗。

MVI 26-22 HC名古屋
MVI 24-26 オムロン

オムロンとの直接対決に2点差で敗戦したこともあり、この時点で順位は5位へ転落。残り4戦に全勝すれば4年連続プレーオフ出場は自力で決めることができるので全く問題なし。

シーズン途中に順位の変動はあっても、勝点だけは絶対に減らない。

とは言え、リーグ終盤のこの時期は知らず知らずのうちにプレッシャーがかかってくるものだ。

そんな中での今回の九州遠征は、どちらの試合も苦しみながらもDF &GKが粘りに粘って手堅く勝利することができた。1シーズン戦っていれば、上手くいかない試合もある。それでも負けずに、勝点を積み重ねていくことが何より大切。

MVI 21-16 アランマーレ
MVI 21-17 飛騨高山BB岐阜

14戦9勝5敗(勝点18)、これでレギュラーシーズン4位以上が確定。4年連続のプレーオフ出場である。

監督(櫛田→梶原)が代わり、主将(原→万谷)が代わり、主力選手の怪我や海外移籍もありながらも、チーム全員で掴み取った日本一への挑戦権。

とは言え、今週末もレギュラーシーズンが残っている。残り2戦に連勝すればクラブ最高成績のレギュラーシーズン3位が決まる。また一週間いい準備をしてMVIの新しい歴史を作ろう。



風林火山

[ 三重バイオレットアイリス ]

山梨での北國銀行戦に勝利‼️

MVI 32-24 北國銀行

コートで全力を尽くした選手、ベンチやコートサイドから声をかけ続けた選手、怪我で遠征に来れずに勝利を祈り続けた選手、これまで三重バイオレットアイリスに関わって下さった全ての皆さんのお陰です。

本当にありがとうございました‼️

バスに揺られて、鈴鹿に戻ってくると怪我で遠征に帯同できなかったメンバーが出迎えに来てくれた。試合会場には東京でリハビリ中の原が駆けつけてくれた。

ボールを持つのは1人、コートに立つのは7人、ベンチに入るのは16人。

怪我をしていても、ベンチに入れなくても、同じ会場に居れなくても、自分ごととして日本リーグを共に闘ってくれている仲間たちがいるってのは最高だ。

今日の勝利は本当に嬉しい。しかし、まだ何かを成し得たわけではない、次のHC名古屋戦は本当に大事に試合になる。

自分たちの試合(今日の北國銀行戦)の映像を見直し、先に進めてあった次戦(HC名古屋戦)の分析映像と照らし合わせる。

明日は練習は休み(とは言え日中、選手は出勤)。2日の準備期間でどう備えるか。コンディションを整え、頭と心をクリアにして、本番へ。

毎試合この繰り返し。これまでと変わらず、目の前の一戦に最善の準備をして全力を尽くそう。



日本リーグ一巡目終了。

[ 三重バイオレットアイリス ]

熊本での世界選手権を終えて、約一ヶ月半。世界の列強と対峙した瞬間はもう遥か昔のように感じる。

アルゼンチンとの開幕戦、9,100人の観客には心が震えた。予選ラウンドを突破して、メインラウンドへ。モンテネグロ戦の当日、監督のウルリクが「ここからが本番だ、勝利するためにFOCUS‼︎」とスイッチを入れ直し一段階ギアを入れた。オレンジ軍団オランダが初優勝で大会の幕を閉じた。

2019年12月中旬に鈴鹿に戻り、年末の日本選手権を経て、2020年1月5日から今期の日本リーグが開幕した。2/1、日本リーグの一巡目を終えた。現在8戦5勝3敗(勝点10)。

MVI 23-27 SONY
MVI 26-20 HC名古屋
MVI 22-27 北國銀行
MVI 29-28 オムロン
MVI 34-23 アランマーレ
MVI 29-24 大阪ラヴィッツ
MVI 21-22 イズミメイプルレッズ
MVI 34-19 飛騨高山BB岐阜

シーズン開幕前、開幕後の怪我による戦線離脱や海外移籍などもある中で、試合を重ねる毎にチームとしての戦い方が整いつつある。 監督が示すゲームプランに則った中で、自分の役割を理解してプレーする事は大切だと改めて感じている。

怪我してコートに立てなくても、鈴鹿から離れていても、チームの一員として一緒に戦ってくれているメンバーがいる。ここから先はMVIに限った話でも、ハンドボールに限った話でもなく、怪我した人あるあるかもしれない。(大怪我をしないに越したことはない。)

怪我をして長期離脱すれば、チームメイトの優しさが有難い時もあれば、煩わしい時もある。チームが勝てば嬉しい気持ちも悔しい気持ちもある。そんな自分が嫌になったりもする。そんなの人間なんだから当たり前だ。

それでもチームとも、怪我とも、自分とも向き合って丁寧な毎日を過ごす。その積み重ねが人としての成長を促し、自分がコートに立った時に戻ってくるんじゃないだろうか。

話が少しそれたが、MVIにとって次戦の2/9のSONY戦から2/16のオムロン戦までが一つの正念場になる。2/9^16までの8日間で4試合、SONY、北國銀行、HC名古屋、オムロンと対戦を控えている。

とは言え、1日に4試合あるわけではないので、目の前の一戦一戦に丁寧な準備をして、全力を尽くすのみである。心技体のコンディションを整えて、バイオレットらしく戦おう。

新加入の大学生3名も卒業論文&自動車の免許取得など学生生活と並行しながら、少しずつ練習や試合に合流してくれている。完全にチームに合流するのはもう少し先だが、プレーオフ争いのこの時期にチームの一員として色んなことを感じてもらうのは有意義な事だ。

クラブやスポンサー企業の意向を汲み取りつつ、本人たちの希望を聞きこれから雇用先企業の調整に入ることになる。

今期はチームマネージャー兼コーチとしてクラブに関わっている。梶原監督がタクトを振るいやすい様に、選手が自分の役割を理解して思い切ってプレーできる様に環境を整え、1つ先、2つ先の事を準備するのが今の僕の役割である。



日本にて

[ 三重バイオレットアイリス ]

8月末に欧州遠征から帰国して、その足で千葉県の高校生&指導者対象の講習会に向かい、鈴鹿に戻って国体東海予選を戦った先々週。

先週初めはMVIの練習が休みだったので、夏の終わりに少しだけ家族での夏休み。実家に戻って息子の4歳の誕生日を祝ったり、プールに行ったり、幼稚園の参観日に顔出したり。電車好きの息子は、欧州遠征から帰ると深海生物&恐竜好きになっていた。

週半ばからはMVIの活動再開。夜間の通常練習、スポンサー企業での講演、スタッフ会議。度重なる怪我からの復活を目指すユキ&ヨーコサノもトレーニングを奮闘中。育休中のエレナもいよいよ夜間練習で活動再開。そして週末は下呂合宿。ブルズ&アランマーレの皆さんと一緒に25分ゲームを何本も回した。日本リーグ勢、お互い切磋琢磨して日本のハンドボールシーンを盛り上げていこう。

今日からまた新しい一週間。茨城国体の組み合わせも決まった。朝から一週間のスケジュール確認。お昼過ぎまで先週末のテストマッチの映像を見直して、編集作業。午後からは梶原監督とのミーティング&少しだけ自分のトレーニング。そういや梶原監督とのミーティングに向かっていると仕事中のカノンとすれ違った。遠征帰りの翌日、チームの夜間練習は休みでも日中は通常業務を頑張っている選手たち。

「鈴鹿に戻って来た時くらいゆっくりしろ」と言ってくれる梶原監督。
「鈴鹿に戻ってきている間にたまには休め」と言う櫛田前監督。

ミーティング&トレーニングを終えて夜は家族での夕食。久しぶりに家族で焼肉へ行った。4歳になった息子はコブクロが気に入った様子だった。

今週は平日は鈴鹿でMVIの通常の活動。週末は奈良県での講習会を予定している。

あと10日くらいでまた鈴鹿を出ることになる。息子の誕生日&参観日を終えた途端、妻は僕が家を開ける日を指折り数え始めている。ニヤニヤしながら、「次はいつから行くんや」と…

今週もええ一週間にしよう。



鈴鹿にて

[ 三重バイオレットアイリス ]

今日は7月16日、今は東京に向かう新幹線。明日7月17日から本格的に日本代表活動が再開。デンマーク合宿、国内合宿を経て、アジア大会(ジャカルタ)という流れでの活動、次に鈴鹿へ戻るのは9月上旬になりそうだ。今回は1ヶ月半もの間、鈴鹿を離れることになるだろう。

6月26日から7月16日までの3週間弱は三重バイオレットアイリスの強化に集中していた。選手個々の成長を見極めながら、やる事を絞って強化を図った。限られた時間と機会の中で選手たちは集中して頑張ってくれた。1日、1回の練習、1プレー、1分、1秒無駄にはしない。そんな想いで本当に頑張ってくれた。

通常のトレーニングとも並行して、リクルート対象選手の受け入れ、ファン感謝デー、バイオレットJrカップ、トークセッション、公開紅白戦、選手との個人面談、大学生の夏合宿受け入れなど、未来への種まき&ホームタウン活動などイベント盛り沢山の毎日だった。

3連休前の2日間7月12日、13日は意識的に予定を開けて、梶原コーチと個人個人の成長とチームの強化の方向性をずっと話し合っていた。何だかんだ言って、梶原がいるから何とかやっていける。

3連休の初日7月14日は自宅から一歩も出ずに梶原コーチと共有した内容を元に、これからの事を整理していた。僕にとって、こういう時間&機会を持つことは大切なこと。意識的に考えを纏める時間を持たないと、集中して行動できない。

そして昨晩は池原綾香(ニューコビン)のおかえりパーティー。(古巣に顔を出してくれて嬉しい限りだ。)クラブのみんな、気の合う仲間でゆっくりと時間を過ごすことができた。高井さん、梶原の誕生日祝いと共に、妻の誕生日もみんなで祝ってくれた。江森(えもち)が新スタッフに加わってくれた。息子も照れ臭そうに、でも嬉しそうに「Super Violet Soul」の輪に加わっていた。クラブのイベント参加を楽しんでくれる家族がいるのもこれまたありがたい。

まだまだ道半ばではあるが、いいクラブになったなとつくづく思う。本当にこのクラブの監督係で良かったなと思うし、この選手たち、このスタッフと、この仕事ができて幸せやなと思う。毎日楽しくてしょうがない。

あーだこーだ言いながらも、限られた時間と機会である事を理解して、ハンドボールをやる時は、ぐっと集中して頑張る選手たちには感謝の気持ちしかない。まあ選手たちは「早く行ってくれ。もう帰ってくるな。おらん方がいい。」と言うやろうけどね。そう言う意味で、選手たちの集中力と結束力は凄まじいのだ。

この後、チームは7月末の東海ダービーを経て、8月2週目には国体東海予選へ挑むことになる。選手もスタッフも色んな想いを持ってこの国体東海予選に向かっている。本番のその場に全員が揃うことはできないけど、自分が関わった何かが、チームの何処かに関係している。みんなそんな想いでやっている。一隅を照らす。

暫くみんな離れ離れになるけど、選手もスタッフもそれぞれの場所で成長し、9月にまたみんなで会おう。



バイオレットJrカップ&紫桃戦 〜僕たちが大切にしていること〜

[ 三重バイオレットアイリス ]

気がつけば7月中旬。先週末はバイオレットJrカップ&公開紅白戦(紫桃戦)を開催。

全国各地から小学生ハンドボーラーが三重県に集結。各チームにバイオレットの選手たちがついた。

ウォームアップ&昼食を共にし、試合のベンチにも入り、試合の合間にはトークセッションも実施した。

トークセッションでは選手たちもその趣旨を理解した上で、主体的に子供たちと触れ合い、自分の想いを子供たち語ってくれていた。

「夢」「目標」「仲間」「協力」「感謝」「笑顔」「楽しむ」こんな様な事をキーワードにしながら、自分のこれまでの経験や大切にしてきたことを本気で話してくれた。「怪我」「苦しみ」「壁」を乗り越えて、今がある。

対戦相手がいるから試合ができる。レフリーがいるから試合ができる。お父さん、お母さんがいるから試合ができる。コーチがいるから試合ができる。体育館があるから試合ができる。ボールやシューズ、ユニフォームがあるから試合ができる。

自分が子供に声をかけたその一言が、その子の未来へ繋がっている。自分を成長させてくれた大好きなハンドボールの未来への種まきをしているのだという事を選手それぞれが考えてくれている。クラブチームの僕たちにとってこうした活動はとても重要。選手たちもその本質を理解した上で協力してくれた。

バイオレットJrカップの後は一般公開での紅白戦。通称「紫桃戦」。今回は20分×3本の変則ルール。ユニフォーム&シューターズの存在が選手たちをより一層ガチンコモードにしてくれた。スポンサーがついたユニフォームに袖を通し、シューターズを目の前にしてハンドボールができる。

これこそ三重バイオレットアイリスの選手としてハンドボールをプレーできる醍醐味なのだ。

バイオレットJrカップ&紫桃戦を終えて、選手たちはそれぞれ自分の言葉でこの日のことをSNS等で表現していた。その全てを紹介はできないがNo10の河嶋が「へんてこブログ」でその日の様子を綴っている。

子供たちとっても、シューターズにとっても、バイオレットの選手たちにとっても、素晴らしい時間になった。それを繋いでくれたのがハンドボールだ。



無毛な人たちの、不毛ではない会話

[ 三重バイオレットアイリス ]

5月23日から5週間続いたおりひめJAPANの活動も先日のJAPANカップ2018、日韓定期戦2018で一旦一区切り。6月26日に韓国から帰国し久しぶりに鈴鹿に戻ってきた。

5月中旬から下旬までのおりひめJAPANコーチとしての活動は、社会人選手権視察、フィジカルクリニック参加。

その後一旦MVIの活動に戻り鈴鹿経由で5月29日に韓国へ移動し釜山国際親善大会に参加。アメリカ戦、香港戦、釜山BISCO戦を戦った。

6月初旬、釜山国際親善大会3戦を終えたところで僕は原、多田、河嶋と共に釜山から東京、アムステルダムを経由してデンマークへ渡りおりひめJAPANに再合流。

MVI本隊はその後も国体を見据えたメンバーでオーストラリア戦、セネガル戦を戦った。MVIの釜山国際親善大会の戦績は3位(5戦3勝2敗)、大会ベスト7に加藤、團が選出された。過去に膝の大怪我をした二人が努力を重ねてこうして国際大会で正当に評価して貰えるのは本当に嬉しい。

話が前後したが、おりひめJAPANのデンマーク遠征に合流後、アイスランド、デンマークU20、デンマーク男子U16とのテストマッチを5月中旬まで重ねていった。世界選手権2017の戦術の再確認および新戦術&新加入選手のテスト、これらを繰り返しながらチームを再構築していった。

6月中旬にデンマークから帰国し、ヤングおりひめ(日本代表U24)との合同練習などを交えながら強化合宿を継続。6月21日に群馬県高崎市へ移動。いよいよJAPANカップ2018に向けての本格的な準備開始。対戦相手は欧州の強豪国ポーランド。

今回のJAPANカップはノンタイトルマッチとは言え、世界選手権2017のおりひめJAPANの躍進を経て、現在のチームの成長を日本の皆さんに応援して貰える絶好の機会。チーム内にとっても、チーム外にとっても色んな意味で大切なJAPANカップ、ポーランド戦だった。(まあこの時期色々あったしね。)

試合当日ウォーミングup前のベンチで監督のウルリクと応援席を見渡しながら「こんな風に日本で応援して貰えて、ハッピーだなぁ。いい試合にしよう」と無毛な二人が不毛ではない会話をしていた。

試合開始直後こそ、ウルリク曰く「ラグビーハンドボール」のポーランドの力技に苦戦し1-4とリードを許す展開だったものの、選手たちは慌てる事なく体制を立て直した。前半は苦しみながらも11-13の2点ビハインドでハーフタイムへ。

ハーフタイムでは後半に向けての修正ポイントをウルリクと共に再確認した。

後半の立ち上がりで追いつき、その後は一進一退の攻防が続いた。後半残り10分からおりひめジャパンは再加速。最後は一気にギアを上げてポーランドを押し切った。

日本 27(11-13 15-7)20 ポーランド

7点差をつけて見事に逆転勝利。苦しい時間帯もあったが、ブルーのスタンドからの応援が本当に力になった。

試合前に会場全員が起立して、ナショナルフラッグを見上げ、肩を組みナショナルソングを歌うその瞬間。おりひめJAPANの応援をする。そのチームの選手としてプレーする。そのチームのスタッフとして選手をサポートする。選手がプレーしやすいように、ファンが楽しめるように、運営者として全力を尽くす。

「自分がこの国の、ハンドボールの今と未来の何処かに携わっている。」

会場にいる全員とそう感じることのできる時間であり、空間だった。

ノンタイトルマッチとは言え、色んな事を試しながら、ポーランドに、そして日本で、このタイミングで勝利できた事は本当に意味のある事だと思う。

JAPANカップ2018を終えて、おりひめJAPANは帰京。翌朝早朝に彗星JAPAN(男子代表)と共に日韓定期戦2018へ向けて韓国へ移動。MVIの釜山国際親善大会から約1ヶ月、今度はおりひめJAPANと共に韓国へ戻ってきた。ポーランド戦から中一日で韓国戦へ。

海外遠征、国際試合にはイレギュラーが付き物、スケジュール&環境は現地に入らないと分からない&決められない。現地入りしても予定は目まぐるしく変わる。整理整頓された中、万全の準備が整った中で力を発揮することも大切だが、想定外のことが起きた時の対応力や思い通りにことが進まない時の修正力もこれまた大切。

思い通りにいかない時に何ができるか。今ある条件下で何ができるか。こういう経験をするために海外遠征や国際試合が組まれている。望むところだ。

ポーランド戦から若干メンバーが変更になり8月のアジア大会を想定したチームで韓国戦に挑んだおりひめJAPAN。立ち上がりから韓国の巧みな試合運びに苦戦を強いられる展開が続いた。

日本 20(9-14 11-13) 27 韓国

終わってみれば、ポーランド戦と全く逆のスコアでの敗戦だった。おりひめJAPANのコーチになって初めてアジアのチームとの対戦だった。これまでは欧州を中心に南米、アフリカのチームとの対戦が続いていた。

韓国との対戦を通して多くの課題が浮き彫りになった、それが何よりの収穫だった。

今回の日韓定期戦2018を終えて、おりひめJAPANの活動は一旦ブレイク。次回は7月中旬から活動再開の予定だ。

さあ今度は鈴鹿でMVIの監督としての活動が待っている。早速鈴鹿に戻ってウエイトTrを終え、先週末の練習試合の振り返りミーテイングを行う鈴鹿のみんなの顔を見てきた。

そして梶原コーチとのしつこいくらいの打ち合わせ。釜山国際親善大会以降のチームの様子や選手個々の様子、7月中旬までのテーマ、スケジュールなどを話し合ってきた。

わずか2週間ちょっとではあるが、少しでもMVIの選手たちの成長の手助けが出来るように全力を尽くそう。

6月27日から本格的にMVI監督係として活動再開。これまたエキサイティングな仕事が始まるのだ。



MVI &JPN

[ 三重バイオレットアイリス ]

今回は三重バイオレットアイリス(以下MVI)の監督と日本代表女子チーム(以下JPN)のコーチの話。

日本ハンドボール協会(以下JHA)とJPNのコーチ業務委託契約を締結した。契約期間は2018年度内の1年間。2017年のドイツWCに続き、2018年度もJPNのコーチをさせて頂く事になった。

2018年度、ざっと1年の3/5はMVIの監督として、2/5はJPNのコーチとしての活動になりそうだ。全てのJPN活動に帯同できる訳ではないが、1年間で130日〜140日ほど鈴鹿を離れることになる。

MVIとは2015年5月1日から2022年3月末日までの契約を結んでいる。2020年の東京五輪の翌年、2021年に三重国体があり、2021年度末までの契約だ。その契約の中には日本代表活動が発生した場合についても事前に盛り込んである。

JPN活動に帯同できる期間、できない期間は事前に協議を重ねた。

もしMVIの監督とJPNのコーチのオファーが別のタイミングであればどちらか一つに集中して仕事ができるかもしれない。もし自分の体が二つあれば、どちらもフルパワーで仕事をするだろうが、物理的にそうは行かない。(MVIの拠点は三重。JPNの拠点は東京、そして海外)

次年度以降の予想される状況に備えて準備を進めているが、少なくとも2018年度は多くの方の理解と協力があってMVIとJPNの2つの活動になりそうだ。

こんな背景もあって、今シーズンから梶原BMがコーチ(櫛田不在時は監督代行)として新たにMVIの現場スタッフに加わった。そして国体、日本選手権などのトーナメント戦は梶原が指揮を取る事になるだろう。JPNからMVIに戻った直後のこの2つのトーナメント戦、僕はチームスタッフの一員として梶原や選手のサポートに回る。

つまり国体や日本選手権などトーナメント戦は監督係:梶原&コーチ係:櫛田、JHL(リーグ戦)は監督係:櫛田&コーチ係:梶原、こんな感じでMVIは今シーズンを戦って行く計画だ。この体制はMVIとJPNの年間スケジュールを照らし合わせ、尚且つ昨シーズンの結果を踏まえ、更には来シーズン以降も見据えて何度も何度もチーム内で議論を重ねて、生まれたものだ。

決して形遊びをしているのではない。必要だから生まれた形だ。

ちなみに、5月12日(土)チーム内で紅白戦ならぬ紫桃戦を一般公開して行った。バイオレットアイリスが櫛田、ピンクアイリスが梶原でフルマッチ。実戦さながらの白熱した展開になって何と紫桃戦はお互い譲らずドロー。梶原率いるのピンクアイリスは相当手強かった。

MVIの監督(JHLチームスタッフの一員)としてJHAやJPNを観ている景色、JPNのコーチ(JPNスタッフの一員)としてJHLチームを観ている景色がある。この2つの仕事に同時に携わらせて貰える人間はそんなに多くはいない。だからこそこの二つの視点を持つことを大切にしたいし、その意味や責任を感じている。MVIの活動をJPNでも活かしたいし、JPNの活動をMVIや三重県に還元したい。

自分に何ができるのか?何のためにやっているのか?この仕事がハンドボールの未来に繋がっているのか?今まで以上にこんな事をよく考えるようになった。そしてハンドボール界の中から視点は勿論、ハンドボール界の外からの視点を持つことを忘れずにいたい。

「指導者である僕自身が誰よりも成長するために力を注ぎ、誰よりも学ぶ。誰からも学ぶ。」

難しさや、リスクはあるに決まっている。2018年度は契約内容に則ってこれでやると決めた。やると決めたからには目の前のことに集中して、そしてユーモアを持ってやりきるのみ。

この仕事に関わることが出来て、ほんまにハッピーやし楽しい。ほんまにやり甲斐がある。



2017年度の総括からの…

[ 三重バイオレットアイリス ]

プレーオフを終えて2週間のオフを挟み、4月8日から2018年度の三重バイオレットアイリスの活動が再開した。

2018年度の話の前に、2017年度を簡単に振り返っておこう。

2016年度にプレーオフ初出場を果たし、その後日本代表選手2名(右サイドの池原がデンマーク、ポストの角南はSONYへ)が新天地へと移籍。右サイドは島居と佐野、ポストは近藤、原、森本らの奮闘を期待してのシーズンインだった。

日本リーグ前半戦、日本代表の原や河嶋が怪我で戦線離脱する期間は、中田や細江など若い選手たちがここぞとばかりに躍動してくれた。

前半戦を終え、ブレイク期間の11月中旬から12月中旬までの約1ヶ月、監督である僕がチームを離れることになった。(世界選手権@ドイツに出場する日本代表チームのコーチ就任)

年明けからの後半戦への大切な準備期間にチームを離れることになったが、この期間は梶原BMがチームを引き受けてくれた。鈴鹿に残った選手たちもこのブレイク期間にテーマを持って取り組んでくれていた。

若い力を引き出しながら、要所要所で経験豊かな中心選手たちが力を発揮してくれた事もあり、リーグ終盤戦の大事な時期に6連勝と波にのり、何とか2年連続でプレーオフ進出することができた。プレーオフでは残念ながらSONYに勝利することが出来なかったが、日本代表選手の移籍や、主力選手の離脱を乗り越えて選手全員が大きく成長してくれた。

終ってみれば、社会人選手権3位、愛媛国体5位入賞、日本選手権ベスト4、日本リーグ4位、結果的に全ての公式戦で過去最高成績あるいは過去最高成績タイというシーズンだった。中でも日本リーグは24戦15勝8敗1分(勝点31)と初めて勝ち越しでレギュラーシーズンを終えることが出来た。

主力選手の海外移籍、結婚、高校生日本リーガー誕生などなど、数々の変化を受け入れながら逞しく成長してくれた選手たち。勝利することも嬉しいが、彼女たちの人間的な成長を感じる瞬間も本当に嬉しい。

バイオレットの監督になって3シーズンを終え、2015年度は12戦4勝7敗1分、2016年度は9勝9敗、そして2017年度が15勝8敗1分と少しずつ勝点を重ねることができるようになってきた。最初の3シーズンをステージ①と位置づけ、このステージ①では日本一を狙うための土台を作ることを大きなテーマにして強化してきた。

2018年度からの3シーズンはステージ②、日本一を狙って掴み取ることが目標だ。

そして新シーズン。高校生ハンドボーラーだった舟久保は一旦チームを離れて関西の大学へ進学した。現在は関西学生リーグに活躍の場を移している。その他、引退者は一人もおらず、現時点では17人の選手たちと再スタートを切ったところだ。

昨シーズンチーム2位の得点を叩き出す活躍をしてくれた島居が膝の手術で約半年リハビリ、そして昨シーズン1年間怪我で苦しんでいた水谷はいよいよ戦列復帰の見込みだ。

今シーズンエントリー予定の公式戦は国体、日本選手権、日本リーグの3大会。(社会人選手権は参加を見送った)

この17人の選手たち、そしてこの選手たちを全力でサポートするスタッフと、気持ち新たに日本一に挑戦だ。勝利する喜びも、負ける悔しさもクラブに関わる全員で共有しながら、成長していこう。

日本人女性と、日本のクラブチームの可能性にチャレンジし、三重バイオレットアイリスが日本のハンドボール会、スポーツ界を少しでも前に進めていこう。鈴鹿をハンドボールで元気にしていこう。

2018年度もSuper Violet Soul !!!



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