―― だからこそ1日1日を悔いなくファイトしたい。
- これだけは譲れない点や大切にしてる点はありますか。
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今日この練習行ってもう一度左膝をケガしたら僕はそのまま引退やと思うし、試合に行って、また左膝やったらそこで引退やと思うので、絶対に悔いを残したくない。
全力でファイトしたいから、ちゃんと準備をして、しっかりテーピングを巻く、ストレッチする、アイシングする、しっかり寝る、食べる、分析する、すべてのことを全力で準備して、練習なり、試合に臨むことと、もう一度ハンドやれていることを感謝したり、楽しんだり、そういうことだけは日々絶対忘れないようにしてます。
- どういうときが楽しいですか?
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試合中は当然ですが、戦力的に少し劣るけど、しっかりと準備をして接戦に持ち込めたとか、勝てたとか、そういう研ぎすましたような展開が大好きなんですよ。ハンドに限らず。ジャイアントキリング(大物食い・番狂わせ)じゃないですけど。コーチしていても、自分が選手していても、練り上げていく感じ、ぎりぎりの緊張感。そういうのがすごく楽しい。プレー中、勝利した瞬間も楽しいですが、そこに向かう課程も楽しいです。
やってるときも楽しいし、終わってから振り返るのも楽しいし、その前に準備してるときも、こうなったらこうなるからとか、ニヤニヤしてんのも楽しいし、もう本当に全部楽しいです。自分がプレーしてても楽しいし、教えてても楽しいし。こんなこと言ったら不謹慎ですけど、負けて悔しいのですら楽しいです。次こそ絶対に勝つぞって。
調子悪くてとか、けがの状態があまり良くなくて試合に出られないとしても、出れない悔しさを味わえることが楽しかったですね。
- それは、リハビリでまったく自分の身体が動かなかった経験があったからこそ味わえる楽しさななのでしょうか。
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それはあると思いますね。何か、「ありがたい」みたいな感じなんですよね。こうやってハンドさせてもらって、仕事もさせてもらって、普通にこうやって生活させてもらえて、三食食べられて、「ほんまにありがたい」みたいな。
だからって、勝たなくていいとか、やれてさえいればいいというのはまったくないです。負けたらむちゃむちゃ悔しいし、試合に出られへんかったらむちゃむちゃ悔しいし、全日本入って、オリンピック出たいわとか、そういう大きな目標は選手を続けている限りは持っています。それもあるけど、やっぱり「ありがたい」というのはありますね。
- コーチとしても活動されていますが、その辺りの経緯を教えてください。
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うちのチームでは2012年度のシーズンからコーチ兼任選手をさせてもらっています。また2006年に日本ハンドボール協会の公認コーチの資格を取ったんですよね。いずれは指導者になりたいというのは若いときからあったので、僕自身、専門の指導者にちゃんと教えてもらったっていうのは大学入ってからやったというのがあって、「若年層のときに専門的なことをちゃんと教わってたら、俺はどうなってたんやろう?」みたいなことをずっと思いながらハンドしてましたから。
指導者の人はこうやって言ってるけど、おれやったらこうやって教えるなとか。何でもできる子にはこうやって言った方がいいかもしれないけど、分からん子もおるから、その子にはこう言った方がいいなというのは、10代後半とか、20代前半ぐらいから、そういうのはいつも思ってたんですよ。そういうのもあって、24歳ぐらいのときから、時間と依頼さえあれば、小、中、高、大学生、なるべく顔を出して子供達一緒にハンドをしていました。
- 伸びる選手と伸びない選手の違いは、どんなところにあると思いますか。
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自分自身がこうなりたいと思ってる選手は伸びるのが早いと思います。チームでも、選手でも、組織でも、そうかもしれないですけれども、おれはこういう選手になりたいんだとか、こういうハンドボールをして、こういう成績残したいんだと、本人が思わない限りは、僕はそこに辿り着けないと思うんですね。
だから、漫然と練習に来て、いいシュート打てたわー、気持ちいいなぁ、今日は汗いっぱいかいて、というのは僕の中ではサウナ入ってるのと一緒やと思うんですよ。今月おれはこういうフェイントができるようになりたいから、今日こういう意識を持ってやるんやと思って来る人と、そうではない人はだんだん差が出てくると思うので。
でも、これがスポーツの難しいところなんですけど、そうやってまじめな人が、試合で結果を出すかって言ったら、一概にそうとも言えない。練習で60%くらいの力で勝手気ままにやってるけど試合で「ここは150%の力出さないと負ける。ここ勝負や」と思って150%出せる選手って、やっぱり活躍するじゃないですか。その辺は一概にどっちがいい、悪いとは言えへんので、この辺はこれから選手続けても、コーチとか指導者になっても永久に探究すべきテーマの一つやろうなとは思いますね。
- 引退された後は、やはり指導者としてやっていきたいですか?
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そうですね。選手を引退しても一生何らかの形でハンドボールとは関わっていくつもりです。まずは指導者として次のステップを踏んでいきたいと考えています。一人でもハンドボールが好きな選手を増やしたい。選手一人一人が自分の目標にたどり着けるようにサポートしたい。そんな身近な目標もあります。
それと同時に、世界一魅力的なハンドボールをして世界一の指導者になりたい。少しでも高く自分の評価をしてくれるところなら、国や地域はどこでもいいから行きたい。ハンドボールの指導者として食べていきたいという大きな目標もあります。
また、やりたいこととは別ですが日本でプロリーグがないとあかんとは感じています。生きている間に、日本プロハンドボールリーグができて、そこで監督やれたら、最高ですよね。
それが果てしなく遠いのか、誰もやってないだけなのかも分からんし、そういうのってコーチの勉強だけしててもダメで、経営の勉強したり、スポーツ・マネジメントの勉強したり、どうやってスポンサー取っていくのかとか、どうやって地域を巻き込んでいくのかとか勉強せなあかんし、僕一人ではたぶん到底無理なことです。それこそその分野の専門家の協力が必要ですよね。
ハンドボールのことが大好きな人が一人でも増えて、それぞれ得意なことでずっとハンドボールに関わっていける。ハンドボールで食べていける。そんな理想的な日本ハンドボール界になってほしいと思います。
- 今後の櫛田選手のご活躍、そしてハンドボール界のますますの発展を期待しています。
ありがとうございました。
~おわり~