先日、久しぶり弁証法に関する書籍を読んだ。僕の好きな考え方というか、言葉の一つがアウフヘーベン(aufheben)。
アウフヘーベンとはドイツの哲学者ヘーゲルが弁証法の中で提唱した概念のことを言う。
アウフヘーベンとはドイツ語であり、漢字で書くと「止揚(しよう)」となる。
この言葉には廃棄する、否定するという意味と保存する、高めるという二様の意味がある。
余計に何の事か分からなくなる…
実は15年程前(大学から社会に出たころ)にこのアウフヘーベンという概念を知った。ホンダ時代の社内報か何かでこの言葉を知って、自分で色々調べて解釈した記憶がある。
ハンドボールに限らず、生きていると色んな矛盾にぶつかる。
例えば、ハンドボールで攻撃の時に1対1をする時にDFの正面に入るな、DFとずれた位置に入れと指導をされる。それなのに守備の時に攻撃の正面に入ると利き腕側がフリーになるから、正面には入るな利き腕側を守れと指導をされる。
例えば、ハンドボールで守備をしていて外に抜かれるなとか、中には抜かれるなとか、どちらの指導もされる。
例えば、夢を持ちなさいと言われる。それなのに、いつまでも夢ばかり追いかけてないで現実を見ろと言われる。
例えば、果汁100%のジュースは健康にいいって言われる。けれどその果汁100%のジュースは農薬のかかった皮ごと絞っているなら健康にいいのか?それなら安全の範囲内と言われる添加物の入った果汁100%ではないジュースの方がいいのか?それならいっそジュースは飲まない方がいいのか?
例えば、自分で考えてやるように言われて、自分で考えてやったのに、教えた通りにやれと言われる。
例えば、自由に絵を描いて良いよと言われて、画用紙一面を真っ白に塗って「白鳥を凄く近くから観た絵です」と提出したら怒られる。(これは今考えるとちょっと違うか…)
僕は小さい時からこういう「矛盾」みたいなものに「???」となっては「正解」を捜してきた。でも「正解」なんか無かった。
そんな時にスッとなったのが「アウフヘーベン」という概念だ。
ものが否定されて新しいものが現れる際、古いものが全面的に捨て去られるのでなく、古いものが持っている内容のうち積極的な要素が新しく高い段階として保持される。
具体的に言うと意思や情報の伝達の手段として時代とともに、手紙⇒電話⇒Email⇒ボイルメール⇒テレビ電話やSNSと少しずつ発展し、便利になってきた。じゃあもう直接会って話す事は必要ないのか???ってそんな訳は無い。やっぱり直接会って膝を突き合わせて話をすることもやはり大切だ。
例えば、企業チームとクラブチーム。部活とクラブ。体育とスポーツ。
例えば、監督(FM=フィールドマネージメント)とクラブ経営(BM=ビジネスマーネージメント)。
どちらが良いとか、正しいとか、どちらが正解とか、どちらが大切とか、そう簡単に割り切れるものじゃないし。割り切る必要も無い。
否定の先、矛盾の先に物事の発展はある。
実はこの「アウフヘーベン」という概念についてはBlogを書き出してこの10年間で何度も書いてみようかと頭によぎった。何となくタイミングを逸しては10年が経過した。改めて自分の中でこの概念について整理する機会ができたので纏めてみた。
「アウフヘーベン」という概念についての話。