ブログ&ニュース ( 2018年5月 )

MVI &JPN

[ 三重バイオレットアイリス ]

今回は三重バイオレットアイリス(以下MVI)の監督と日本代表女子チーム(以下JPN)のコーチの話。

日本ハンドボール協会(以下JHA)とJPNのコーチ業務委託契約を締結した。契約期間は2018年度内の1年間。2017年のドイツWCに続き、2018年度もJPNのコーチをさせて頂く事になった。

2018年度、ざっと1年の3/5はMVIの監督として、2/5はJPNのコーチとしての活動になりそうだ。全てのJPN活動に帯同できる訳ではないが、1年間で130日〜140日ほど鈴鹿を離れることになる。

MVIとは2015年5月1日から2022年3月末日までの契約を結んでいる。2020年の東京五輪の翌年、2021年に三重国体があり、2021年度末までの契約だ。その契約の中には日本代表活動が発生した場合についても事前に盛り込んである。

JPN活動に帯同できる期間、できない期間は事前に協議を重ねた。

もしMVIの監督とJPNのコーチのオファーが別のタイミングであればどちらか一つに集中して仕事ができるかもしれない。もし自分の体が二つあれば、どちらもフルパワーで仕事をするだろうが、物理的にそうは行かない。(MVIの拠点は三重。JPNの拠点は東京、そして海外)

次年度以降の予想される状況に備えて準備を進めているが、少なくとも2018年度は多くの方の理解と協力があってMVIとJPNの2つの活動になりそうだ。

こんな背景もあって、今シーズンから梶原BMがコーチ(櫛田不在時は監督代行)として新たにMVIの現場スタッフに加わった。そして国体、日本選手権などのトーナメント戦は梶原が指揮を取る事になるだろう。JPNからMVIに戻った直後のこの2つのトーナメント戦、僕はチームスタッフの一員として梶原や選手のサポートに回る。

つまり国体や日本選手権などトーナメント戦は監督係:梶原&コーチ係:櫛田、JHL(リーグ戦)は監督係:櫛田&コーチ係:梶原、こんな感じでMVIは今シーズンを戦って行く計画だ。この体制はMVIとJPNの年間スケジュールを照らし合わせ、尚且つ昨シーズンの結果を踏まえ、更には来シーズン以降も見据えて何度も何度もチーム内で議論を重ねて、生まれたものだ。

決して形遊びをしているのではない。必要だから生まれた形だ。

ちなみに、5月12日(土)チーム内で紅白戦ならぬ紫桃戦を一般公開して行った。バイオレットアイリスが櫛田、ピンクアイリスが梶原でフルマッチ。実戦さながらの白熱した展開になって何と紫桃戦はお互い譲らずドロー。梶原率いるのピンクアイリスは相当手強かった。

MVIの監督(JHLチームスタッフの一員)としてJHAやJPNを観ている景色、JPNのコーチ(JPNスタッフの一員)としてJHLチームを観ている景色がある。この2つの仕事に同時に携わらせて貰える人間はそんなに多くはいない。だからこそこの二つの視点を持つことを大切にしたいし、その意味や責任を感じている。MVIの活動をJPNでも活かしたいし、JPNの活動をMVIや三重県に還元したい。

自分に何ができるのか?何のためにやっているのか?この仕事がハンドボールの未来に繋がっているのか?今まで以上にこんな事をよく考えるようになった。そしてハンドボール界の中から視点は勿論、ハンドボール界の外からの視点を持つことを忘れずにいたい。

「指導者である僕自身が誰よりも成長するために力を注ぎ、誰よりも学ぶ。誰からも学ぶ。」

難しさや、リスクはあるに決まっている。2018年度は契約内容に則ってこれでやると決めた。やると決めたからには目の前のことに集中して、そしてユーモアを持ってやりきるのみ。

この仕事に関わることが出来て、ほんまにハッピーやし楽しい。ほんまにやり甲斐がある。



2017年度の総括からの…

[ 三重バイオレットアイリス ]

プレーオフを終えて2週間のオフを挟み、4月8日から2018年度の三重バイオレットアイリスの活動が再開した。

2018年度の話の前に、2017年度を簡単に振り返っておこう。

2016年度にプレーオフ初出場を果たし、その後日本代表選手2名(右サイドの池原がデンマーク、ポストの角南はSONYへ)が新天地へと移籍。右サイドは島居と佐野、ポストは近藤、原、森本らの奮闘を期待してのシーズンインだった。

日本リーグ前半戦、日本代表の原や河嶋が怪我で戦線離脱する期間は、中田や細江など若い選手たちがここぞとばかりに躍動してくれた。

前半戦を終え、ブレイク期間の11月中旬から12月中旬までの約1ヶ月、監督である僕がチームを離れることになった。(世界選手権@ドイツに出場する日本代表チームのコーチ就任)

年明けからの後半戦への大切な準備期間にチームを離れることになったが、この期間は梶原BMがチームを引き受けてくれた。鈴鹿に残った選手たちもこのブレイク期間にテーマを持って取り組んでくれていた。

若い力を引き出しながら、要所要所で経験豊かな中心選手たちが力を発揮してくれた事もあり、リーグ終盤戦の大事な時期に6連勝と波にのり、何とか2年連続でプレーオフ進出することができた。プレーオフでは残念ながらSONYに勝利することが出来なかったが、日本代表選手の移籍や、主力選手の離脱を乗り越えて選手全員が大きく成長してくれた。

終ってみれば、社会人選手権3位、愛媛国体5位入賞、日本選手権ベスト4、日本リーグ4位、結果的に全ての公式戦で過去最高成績あるいは過去最高成績タイというシーズンだった。中でも日本リーグは24戦15勝8敗1分(勝点31)と初めて勝ち越しでレギュラーシーズンを終えることが出来た。

主力選手の海外移籍、結婚、高校生日本リーガー誕生などなど、数々の変化を受け入れながら逞しく成長してくれた選手たち。勝利することも嬉しいが、彼女たちの人間的な成長を感じる瞬間も本当に嬉しい。

バイオレットの監督になって3シーズンを終え、2015年度は12戦4勝7敗1分、2016年度は9勝9敗、そして2017年度が15勝8敗1分と少しずつ勝点を重ねることができるようになってきた。最初の3シーズンをステージ①と位置づけ、このステージ①では日本一を狙うための土台を作ることを大きなテーマにして強化してきた。

2018年度からの3シーズンはステージ②、日本一を狙って掴み取ることが目標だ。

そして新シーズン。高校生ハンドボーラーだった舟久保は一旦チームを離れて関西の大学へ進学した。現在は関西学生リーグに活躍の場を移している。その他、引退者は一人もおらず、現時点では17人の選手たちと再スタートを切ったところだ。

昨シーズンチーム2位の得点を叩き出す活躍をしてくれた島居が膝の手術で約半年リハビリ、そして昨シーズン1年間怪我で苦しんでいた水谷はいよいよ戦列復帰の見込みだ。

今シーズンエントリー予定の公式戦は国体、日本選手権、日本リーグの3大会。(社会人選手権は参加を見送った)

この17人の選手たち、そしてこの選手たちを全力でサポートするスタッフと、気持ち新たに日本一に挑戦だ。勝利する喜びも、負ける悔しさもクラブに関わる全員で共有しながら、成長していこう。

日本人女性と、日本のクラブチームの可能性にチャレンジし、三重バイオレットアイリスが日本のハンドボール会、スポーツ界を少しでも前に進めていこう。鈴鹿をハンドボールで元気にしていこう。

2018年度もSuper Violet Soul !!!



三重バイオレットアイリスの一員になって3年経過。

[ 三重バイオレットアイリス ]

三重バイオレットアイリスの一員になって今日でちょうど3年が経った。

2014/2015シーズン、僕はまだ北陸電力ブルーサンダーでコーチ兼任選手をしていた。当時の僕はJHL全チームで現役最年長選手だった。左膝の怪我との付き合いながら、1年でも長くJHLでプレーする事に面白みを感じていたのが当時の僕だった。

2015年の年始のある日、三重バイオレットアイリスの細野GMから連絡貰った。

「櫛田、三重バイオレットアイリスの監督やらんか?」

「監督の話をお受けするかどうかは別にして、ぜひ一度お会いしましょう。」

細野GMはすぐに車を飛ばして福井に来てくれた。

「2021年の三重国体を見据えてチームの根幹から立て直してほしい。女子は2019年に熊本で世界選手権、その後に2020年に東京五輪、その後に2021年の三重国体や、櫛田”また”一緒にやらんか?とにかくワシは勝ちたいんや」

また…

2000年、当時JHL6連覇の最強チーム、ホンダの一員に導いてくれたのが細野さんだった。同じ人から選手として、指導者として声をかけてもらう。こんな事は人生にそうあるものではない。

同じJHLの舞台で、現役選手か監督か?本当に悩んだ。2014/2015シーズン終了時点でもまだ答えは出せていなかった。

2020年自国開催の東京五輪。自分が元気なときに自国開催のオリンピックは恐らく一生で一回の機会。この機会に自分の関わる競技で、大好きなハンドボールで本気のチャレンジができるのはどちらか?

現役選手として東京五輪を目指すのか?指導者として東京五輪を目指すのか?

僕が出した答えは後者だった。一生で一回の機会に本気で挑戦しよう。三重バイオレットアイリスの監督として、自分が指導した選手がチームの成長と共に、個人としても成長し日本代表チームで活躍するそういう形で自分は東京五輪に挑戦しよう。

そう考えると、今このタイミングで指導者としてのキャリアを本格的にスタートさせないと間に合わない。

2015年5月1日に三重バイオレットアイリスの監督に就任した。

それからの3年は本当にあっという間だった。

三重バイオレットアイリスの監督をやり出すと、純粋にこのクラブを少しでも良くしたい。自身の現役選手への拘りとか、東京五輪に向けてとか、そんな気持ちよりも、少しでも選手の成長につながる事に時間を使いたい。ただそれだけだった。

ホームゲームの時に選手が活き活きと大好きなハンドボールをプレーし、その姿を一人でも多くに観て貰う。そして何かを感じとって貰う。そんな光景を細野さん達(長年クラブを支えてくださった皆さん)が感慨深くビールでも飲みながら「昔は大変やったなぁ」と悦にいる。

1日でも早くそんな三重バイオレットアイリスにしたい。ただただ、それだけだった。

今もこれからも、その想いは変わらない。



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