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傷害予防と身体能力向上

[ パートナーハンドボールスクール日々講師 ]

インカレを終えてから年末にかけて何度か講演やクリニックの機会を頂いた。こうした活動を日本シグマックス様(ザムスト)、ファーストフロンティア様(トランジスタ)が何年もサポートして下さっている。

少しずつだが、子供たち、指導者の皆さんと顔を合わせながらのこう言う機会が戻ってきたのは嬉しい限りだ。

今回は講演やクリニック、普段のコーチングの中で気づきや裏話をブログに纏めてみる。ハンドボールの技術や戦術的な話が中心ではなく、アスリートの傷害予防や身体能力向上って観点からの内容になると思う。

先日、愛知県アスレティックトレーナー連絡協議会@中京大学に参加し、僕は特別講演②を担当させて頂いた。(アスレティックトレーナー、以下AT)

参加者は既にスポーツ現場に立つATさん、ATを志す学生さんなど90名ほど。勿論、関わる競技はハンドボール以外の方が殆どである。

1時間の持ち時間の中で、下記の流れで話を進めていった。

・自己紹介
・選手時代のエピソード
・指導者時代のエピソード
・振り返り&まとめ

<選手時代のエピソード>
2007年にドイツでの試合中に左膝を脱臼。複合靭帯損傷(前十字靭帯、後十字靭帯、内側側副靱帯、半月板などを損傷)という診断結果を受け、ドイツで2度の手術。競技復帰は絶望的というドクターから見立てもありドイツのチームをクビになり帰国。日本での2年間リハビリを経て、北陸電力BTで競技復帰。リハビリ期間は経済的にも困窮、ペットボトルを買うのも躊躇う日々。自力での歩行も困難な時からリハビリでお世話になったトレーナーとのリハビリ奮闘記。

<指導者時代のエピソード>
自国開催での世界選手権直前に前十字靭帯損傷を負った選手とのリハビリ、競技復帰までの話。雇用先、JISS、代表スタッフ、所属チームのメディカルスタッフなど各方面からの理解や協力を得ながらの手術やリハビリ。新型コロナもあって延期になった東京五輪での活躍。本人の競技復帰にかける強い意志、人柄や裏話などを交えた復活記録。

上記の話の後には参加者同士のグループディスカッションを実施、最後にまとめと質疑応答をさせてもらった。

ある程度、予想はしていたが「指導の際に男性と女性で気をつけている点や違いはあるか?」って言う質問を頂いた。

「ハンドボールの技術や戦術的には大きな差は感じていません。寧ろ男女ともに同じ大きさのコートでプレーするのでスペース自体は女性の方があるように感じています。月経、出産や傷害予防(特に女性アスリートのACL損傷とその予防)に関しては注意していましたし、大切にしていました。。それでもACL損傷をゼロにできたはMVIでの最後の1年だけでした。」と僕からの回答。

「アスリートが主体的に成長していく為にという前提で、ATさんが自分の専門領域や自身の能力を最大化して仕事をするための環境や、仕事がし易いコーチングスタッフとの関係性ってありますか?」とATの方に僕からも質問させて貰った。

「お互いにプロフェッショナルとして専門領域に責任を持ちつつ、その枠を少し超えてお互いに意見や情報を交換できる関係性ですかね。」と言うATさんから回答。

完全に同意である。

アスリートを中心に、アスリートに関わる全ての人がそれぞれの専門領域を活かし、協力しあってサポートしていけるといいなと思う。実際にスポーツの現場ではそういう環境はまだまだ少なくて、現時点では理想論に近いかもしれないが、現実を見つつ理想は追いかけたい。

改めてだが、非常に学びの多い機会だった。

10月、11月、12月と静岡県に足を運ぶ機会が何度かあった。

静岡県で高校生を指導しているストレングス&コンディショニングコーチの方とのじっくりと意見交換する機会があり非常に学びが多かった。(以下、S&Cコーチ)

因みにS&Cコーチとは、アスリートを対象に、ケガの予防と競技に必要な身体能力の向上を目的とした筋力トレーニング、その他のトレーニングを指導する専門家のことを言う。

コンディショニングと言うと、体調を整える、軽く動く、マッサージ、治療、テーピングみたいなイメージを持つ人が多いかもしれない。しかし、ここで言うコンディショニングとは走るスピード、方向転換能力、敏捷性、ジャンプ力、心肺機能、エネルギー代謝能力を向上させる為の各種トレーニングの事を指す。

JHLだとトヨタ車体がS&Cコーチを配置していて個人的には大注目している。

実は高校生チームにS&Cコーチがついていることに衝撃を受けた。それと同時に嬉しくもなった。他競技では当たり前になりつつあるのかもしれないが、少なくともハンドボールの高校生チームについているS&Cコーチとお話する機会は僕にとっては初めてだった。

自分自身が2007年に左膝を脱臼して、2年間のリハビリを経て競技に戻った。その後、まともに試合出場するのにもう2年かかった。合計4年間はまともにハンドボールが出来なかった。練習でも試合でも左膝をテーピングでぐるぐる巻きにしてプレーしていた。怪我をして成長できた部分もあったが、プレーをする面では怪我をしてマイナスことが多かった。

左膝を怪我してから自分の身体と向き合うようになり、リハビリを通して傷害予防や身体能力向上に自然と興味を持つようになった。今でも自分自身の身体でずっと実験している。

そんな自分自身の怪我の経験もあって、指導者になってからコンディショニングの部分には注意しながら自チームの指導をするようになった。クリニックの際にも、ハンドボールの技術的、戦術的な部分は勿論だが、可能な限りコンディショニングの部分にもメニューに盛り込んで指導するようにしている。

前出の日本シグマックス様、ファーストフロンティア様はこうした僕の想いも含めて、子供たちの為に何年もサポートして下さっている。

現在進行形で指導をしている中部大学の学生たちの中には将来的に指導者を視野に入れている学生もいる。ハンドボールの技術的、戦術的な部分へのアプローチは勿論、ストレングス、コンディショニングへのアプローチをするようにしている。目的、チェックポイントなど、少しずつ理解を深めてもらっている。

傷害予防をして、身体能力を向上させて、今より凄いプレーをするのだ。

自分で興味を持って実践できて、チェックポイントを理解し説明できて、専門家の人とそれなりに対話ができる。そんなアスリートが増えていくと良いなと思う。

まだまだ僕も学び続けたい。



鈴鹿にて

[ ~2022 三重バイオレットアイリス ]

今日は7月16日、今は東京に向かう新幹線。明日7月17日から本格的に日本代表活動が再開。デンマーク合宿、国内合宿を経て、アジア大会(ジャカルタ)という流れでの活動、次に鈴鹿へ戻るのは9月上旬になりそうだ。今回は1ヶ月半もの間、鈴鹿を離れることになるだろう。

6月26日から7月16日までの3週間弱は三重バイオレットアイリスの強化に集中していた。選手個々の成長を見極めながら、やる事を絞って強化を図った。限られた時間と機会の中で選手たちは集中して頑張ってくれた。1日、1回の練習、1プレー、1分、1秒無駄にはしない。そんな想いで本当に頑張ってくれた。

通常のトレーニングとも並行して、リクルート対象選手の受け入れ、ファン感謝デー、バイオレットJrカップ、トークセッション、公開紅白戦、選手との個人面談、大学生の夏合宿受け入れなど、未来への種まき&ホームタウン活動などイベント盛り沢山の毎日だった。

3連休前の2日間7月12日、13日は意識的に予定を開けて、梶原コーチと個人個人の成長とチームの強化の方向性をずっと話し合っていた。何だかんだ言って、梶原がいるから何とかやっていける。

3連休の初日7月14日は自宅から一歩も出ずに梶原コーチと共有した内容を元に、これからの事を整理していた。僕にとって、こういう時間&機会を持つことは大切なこと。意識的に考えを纏める時間を持たないと、集中して行動できない。

そして昨晩は池原綾香(ニューコビン)のおかえりパーティー。(古巣に顔を出してくれて嬉しい限りだ。)クラブのみんな、気の合う仲間でゆっくりと時間を過ごすことができた。高井さん、梶原の誕生日祝いと共に、妻の誕生日もみんなで祝ってくれた。江森(えもち)が新スタッフに加わってくれた。息子も照れ臭そうに、でも嬉しそうに「Super Violet Soul」の輪に加わっていた。クラブのイベント参加を楽しんでくれる家族がいるのもこれまたありがたい。

まだまだ道半ばではあるが、いいクラブになったなとつくづく思う。本当にこのクラブの監督係で良かったなと思うし、この選手たち、このスタッフと、この仕事ができて幸せやなと思う。毎日楽しくてしょうがない。

あーだこーだ言いながらも、限られた時間と機会である事を理解して、ハンドボールをやる時は、ぐっと集中して頑張る選手たちには感謝の気持ちしかない。まあ選手たちは「早く行ってくれ。もう帰ってくるな。おらん方がいい。」と言うやろうけどね。そう言う意味で、選手たちの集中力と結束力は凄まじいのだ。

この後、チームは7月末の東海ダービーを経て、8月2週目には国体東海予選へ挑むことになる。選手もスタッフも色んな想いを持ってこの国体東海予選に向かっている。本番のその場に全員が揃うことはできないけど、自分が関わった何かが、チームの何処かに関係している。みんなそんな想いでやっている。一隅を照らす。

暫くみんな離れ離れになるけど、選手もスタッフもそれぞれの場所で成長し、9月にまたみんなで会おう。



バイオレットJrカップ&紫桃戦 〜僕たちが大切にしていること〜

[ ~2022 三重バイオレットアイリス ]

気がつけば7月中旬。先週末はバイオレットJrカップ&公開紅白戦(紫桃戦)を開催。

全国各地から小学生ハンドボーラーが三重県に集結。各チームにバイオレットの選手たちがついた。

ウォームアップ&昼食を共にし、試合のベンチにも入り、試合の合間にはトークセッションも実施した。

トークセッションでは選手たちもその趣旨を理解した上で、主体的に子供たちと触れ合い、自分の想いを子供たち語ってくれていた。

「夢」「目標」「仲間」「協力」「感謝」「笑顔」「楽しむ」こんな様な事をキーワードにしながら、自分のこれまでの経験や大切にしてきたことを本気で話してくれた。「怪我」「苦しみ」「壁」を乗り越えて、今がある。

対戦相手がいるから試合ができる。レフリーがいるから試合ができる。お父さん、お母さんがいるから試合ができる。コーチがいるから試合ができる。体育館があるから試合ができる。ボールやシューズ、ユニフォームがあるから試合ができる。

自分が子供に声をかけたその一言が、その子の未来へ繋がっている。自分を成長させてくれた大好きなハンドボールの未来への種まきをしているのだという事を選手それぞれが考えてくれている。クラブチームの僕たちにとってこうした活動はとても重要。選手たちもその本質を理解した上で協力してくれた。

バイオレットJrカップの後は一般公開での紅白戦。通称「紫桃戦」。今回は20分×3本の変則ルール。ユニフォーム&シューターズの存在が選手たちをより一層ガチンコモードにしてくれた。スポンサーがついたユニフォームに袖を通し、シューターズを目の前にしてハンドボールができる。

これこそ三重バイオレットアイリスの選手としてハンドボールをプレーできる醍醐味なのだ。

バイオレットJrカップ&紫桃戦を終えて、選手たちはそれぞれ自分の言葉でこの日のことをSNS等で表現していた。その全てを紹介はできないがNo10の河嶋が「へんてこブログ」でその日の様子を綴っている。

子供たちとっても、シューターズにとっても、バイオレットの選手たちにとっても、素晴らしい時間になった。それを繋いでくれたのがハンドボールだ。



日本選手権2017を終えて

[ ~2022 三重バイオレットアイリス ]

日本選手権を終えて鈴鹿に戻ってきた。男女ともに見応えのある決勝だった。男子は大崎電気、女子はオムロンが共に2年連続優勝。

今年もMVIは決勝の舞台には立つことができなかった。昨年に引き続きクラブベストタイの3位入賞、これにて2017年の全ての公式戦を終えた。

初戦、東京女子体育大学。後半中盤まで歯車が噛み合わずに苦しい展開が続いた。後半中盤、怒涛の9連続得点で一気に逆転に成功。そのまま試合を決めた。苦しみながらもなんとか初戦突破を果たした。

準々決勝、SONY戦。前日の課題を修正し、MVI本来のハンドボールを展開。どんな相手でも自分たちの力を出し切ることが何よりも大切。今シーズンSONYに初勝利をあげた。

準決勝、北國銀行戦。初の決勝進出を目指して挑んだこの試合。攻守ともに女王北國銀行が1歩も2歩を上手だった。完敗だった。

日本選手権3試合を終えて、現地で今大会の振り返りを行ってきた。「心技体」の各要素で、どんな取組みをして今大会に臨み、どんな結果だったのか、そしてこの後のJHL再開に向けてどう繋げていくのか、この手の振り返りは初戦敗退したとしても仮に優勝したとしても必要なことだ。

当たり前のことを、当たり前に継続していく。そして当たり前のレベルをさらに高めていく。これに尽きる。

11月中旬に年内のJHL中断し、監督の僕、主将の原と攻撃の中心の多田が、世界選手権出場の為に日本選手権開幕直前まで約一ヶ月チームを離れていた。世界選手権を終えて全員揃って日本選手権に準備できたのは3日間だった。3日間の準備期間では優先順位をつけて、やることを絞って今大会に備えた。

そんな限られた条件下でも選手たちは本当によく頑張ってくれた。梶原BMと共に鈴鹿に残って個人能力を高めることにフォーカスして自力をつけて待ってくれていた鈴鹿組と世界の最前線を体感してきた原と多田。

限られた時間の中でも、試合中、そして試合と試合の間(宿舎で)、移動のバスの中でも、積極的にコミニュケーションをとってくれた。

試合内容には手応えもあれば、新たな課題もある。全てのプレーがうまく行ったわけではない。どちらかと言えば、大会を通して苦しい時間帯の方が多かった。それでも昨年と同じクラブベストタイの3位入賞まで駒を進めることができたのは選手たちのおかげだ。そしてその選手たちをサポートし応援し続けてくださったみなさんのおかげだ。

だからこそ、準決勝の北國銀行戦は自分たちの力を出し切って、決勝に駒を進めたかった。そういう力を出し切ったMVIをシューターズに感じて貰いたかった。翌日のオムロンvs北國銀行の決勝戦を観ていて、尚更そう感じた。

しかし苦しんだ中だからこそ、気づけた部分がある。自分たちがどこを目指して、何の為にやっているのか、MVIの存在意義、そのクラブに関わる人間、選手、スタッフとして自分は何ができるのか、自分たちが大切にしてきた部分ともう一度しっかりと向き合うキッカケをくれたのが今回の日本選手権だった。

【日本選手権2017 MVI最終成績】
MVI 27(11-12 16-9)21 東京女子体育大学
MVI 26(14-10 12-13)23 SONY
MVI 16(8-14 8-11)25 北國銀行
※2年連続3位入賞

MVIは年内30日まで活動を続ける。新年は1月6日のSONY戦からJHLが再開する。連戦の疲労を抜きながら、個人面談、SBT、トレーニング、忘年会、お掃除と頭も心も体も整理の為に2017年年末を過ごしている。

締めくくりとか、終わりという感覚は全くない。いよいよこれから始まるという感覚の方が強い。

とは言え、久しぶりに鈴鹿で家族で食卓を囲んだり、しっかりとチーム&選手のことを考え、それを纏める時間が持てることは幸せなことだなと思う。

2歳の息子が「ハッケヨーイ、ドン!!!」とダッシュしながら相撲の立合いをしてくる。思わず笑ってしまった。



日本代表チームのコーチへ

[ ~2022 三重バイオレットアイリス ]

2017年11月13日に東京で、おりひめジャパン(女子ハンドボール日本代表チームの愛称)のドイツ世界選手権の記者発表および壮行会が行われた。

すでに日本ハンドボール協会(以降、JHA)やネットニュースからもリリースがあったが代表チームのコーチとして今回の世界選手権に帯同させて頂くことになった。

日本リーグのブレイク期間、そして世界選手権の開幕直前のこのタイミングで代表チームのコーチに就くことの意味、役割を噛み締めているところだ。

JHAの今年度の新会長、新役員が決まり、そこから一気に事が動き出した。11月に入ってから正式にJHAから三重バイオレットアイリス側(以降、MVI)に代表チームコーチのオファーがあった。

そこからJHAとMVIとで協議を重ね、日本リーグの年内最終戦が行われる11月12日の直前にようやく基本合意に至った。

広島メイプルレッズ、オムロンとの連戦を終えて、年内最後のホームゲーム、大阪ラヴィッツ戦への準備を進め、集中力を高めていく中で、MVIの選手たち代表チームコーチの件を自分の口から説明した。

非常に難しいタイミングだったが、11月12日の大阪ラヴィッツ戦の試合後には東京入りして、日本代表に合流し、13日には記者発表&壮行会が予定されていたのでオムロン戦と大阪ラヴィッツ戦の間にMVIの選手たち伝えるしかなかった。先週末の大阪ラヴィッツ戦までは日本リーグに集中していて、代表コーチの話題に周囲がいくら触れても、意識的に大阪ラヴィッツ戦のことだけを考えていた。

代表チームに合流して直ぐにスタッフMTG。チームの目標と自分の役割を確認した。そして昨日の記者発表、壮行会を終えて今は一度、東京を離れて鈴鹿に戻ってきてる。

記者発表を終えて、一度鈴鹿に戻ることは事前にJHAに了承済み。そして代表選手たちにも一度チームを離れることと、その理由を伝えさせてもらった。

あまりにも急な話でもあり、僕が今回の活動で約1ヶ月、MVIを離れるためにその期間の準備が必要だからだ。チーム&個人の目標設定、活動プランの共有など、チームを離れる期間の引き継ぎを済ませてから17日に代表チームに再合流の予定だ。事前に了承済みとはいえ、代表活動スタートの大切なこのタイミングで、一度鈴鹿に戻ることに理解してくださった代表スタッフ、代表選手にはこの後の17日から自分の仕事で必ず返す。

日本リーグのブレイク期間のこの1ヶ月半の大切は嫌と言うほど理解してる。世界選手権が終わって帰国すれば直ぐに日本選手権、そして日本リーグが再開する。プレーオフ争いの真っ只中、そして現場スタッフが監督の僕一人でコーチ不在というMVIにとって今回の話は大きな決断だった。代表コーチの話=名誉なこと=はい分かりました。そんな簡単なものではなかった。

MVIはまだ1シーズン、1ゲームが勝負の時期。クラブとしての長期計画は持っているが、それと同時に目先のことに拘りまくっている時期でもある。

大きな視点で捉えた時に指導者の僕自身が世界の最前線を感じて、世界とのモノサシを手にいれることで選手にも、クラブにも、三重県にもプラスにできる。

どちらの視点も必要だ。そしていつも答えはシンプルに。答えは自分の中にある。

「指導者である僕自身が誰よりも成長するために力を注ぎ、誰よりも学ぶ。誰からも学ぶ。」

いつも監督係の僕をいじり倒してくれているMVIの選手たち、日本リーグのブレイク期間のこの時期にチームを離れることなる。少しずつ自立してきたとは言え、初めて1ヶ月もチームを離れることなって不安な部分も少なくないと思う。(大嫌いな監督係がいなくなって更に伸び伸びしちゃうかもしれへんけど。)ほんまにしばらく留守にしますがチームをよろしくな。

僕が不在の期間は梶原BMにハンドボールトレーニングを任せることになる。スポンサー営業で忙しいこの時期に「日本のために行ってこい」と背中を押してくれたのは今でもフルスロットで動いてくれている梶原を始めとするMVIのスタッフだった。

そして、ただでさえ、寝る時以外はハンドボール、ハンドボールの生活の中で家族との時間も殆ど持てていないのにも関わらず「行っておいで〜」といつもの調子で送り出してくれた妻。

東京から鈴鹿に戻る新幹線の中で、このブログを書いている。

そう意味を含めて、「日本リーグのブレイク期間、そして世界選手権の開幕直前のこのタイミングで代表チームのコーチに就くことの意味、役割を噛み締めているところだ。」ということなのだ。

何よりも誰でもそう簡単に巡ってくるチャンスではない。全身全霊を注いでチャレンジするだけの価値が、日本代表チームや世界選手権にはある。日本代表や世界選手権とはそういう舞台だと思う。そしてそれと同じだけのやり甲斐と未来がMVIにもある。

成功を信じて全力でチャレンジするのみである。



日本リーグ前半戦13試合を振り返るの巻

[ ~2022 三重バイオレットアイリス ]

無事2017年内の日本リーグ13戦を終えた。ここまで13戦8勝4敗1分(勝点17)だ。

シーズン前に右サイドの池原がニューコビン(デンマーク)へポストの角南がSONY(日本)へ移籍した。それぞれ更なる高みを目指して新天地で活躍してくれている。

ハンドボールをこの地球の何処かで続けていれば、またいつか何処かで一緒にプレーする時が来るかもしれない。それが同じリーグで対戦相手になるのか、再びの丸を背負って同じチームなるのかは誰にもわからないが、地球の何処かでハンドボールを続けてくれていることだけで嬉しいし、刺激になる。

シーズン前は、どこに行ってもこの二人のポジションをどうするのか?そればかりを聞かれた。シーズン前に準備していたことは、右サイドはルーキーの島居と2年目の佐野、ポストは近藤、原、森本の3人をローテーションさせて行くことだった。3人ともこれまではポスト以外のポジションを主戦場としていた。

右サイドもポストもそれぞれシーズン前に準備してきた中でしっかりと成果を出してくれている。平均22得点は僅かにではあるが、昨シーズンを上回っている。全ての試合、全てのプレーが上手くいっているわけではないが、それは昨シーズンも同じ事、試合ごと、プレーごとに何かを感じ、一歩ずつ成長してくれている。

前半戦の序盤に主将の原が、中盤には左サイドの河嶋が怪我で戦列を離れる時期があった。共に日本代表選手で、共に攻守の要だ。そんな緊急事態にもルーキーの中田と加入2年目の細江が大車輪の活躍をしてくれた。チームにとっては緊急事態だったが、この若い二人にとっては大きなチャンスだった。5月の社会人選手権以降の準備期間で中田も細江もいいトレーニング&テストマッチを積んでくれていたので、今回のこの活躍は必然だろう。公式戦でしか経験する事ができない緊張感が彼女たちを成長させてくれている。

前述の島居や佐野、そして中田、細江など若い選手が思い切ってプレーできるように、要所を締めてくれた万谷、GK高木、加藤。そして爆発的な得点力で攻撃を牽引してくれた多田。彼女たちの活躍は言うまでもない。チームの幹となる彼女たちは昨シーズンの修羅場(最終戦までもつれたプレーオフ争い)をくぐり抜けているので、タフなゲーム展開でも自分たちで乗り越えていける力が備わってきた。

前半戦の終盤の山場になった広島メイプルレッズ、オムロンとの連戦。ここでは森本が足首の負傷からこの2試合を欠場。ここはチーム全体で乗り越えてくれた。

幸い、原も河嶋も森本も徐々にコンディションを戻してきている。年内最後のホームゲームでは3人いい状態でスタンバイしてくれていた。年明けの日本リーグでは経験豊かな選手たちの活躍が必要不可欠になってくるだろう。

GK花村も相変わらずの安定感でチームに落ち着きをもたらしてくれているし、7mt阻止でもリーグ上位につけてくれている。ルーキーの林もいいコンディションをキープし続けてくれている、2戦目の広島メイプルレッズ戦の後半での活躍は光るものがあった。

怪我でまだプレーはできていないが、GK岩見もルーキーの水谷も、ベンチに入ればベンチの中から、ベンチをは外れてもベンチの外からチームをサポートし続けてくれている。毎日、怪我ともチームとも向き合いがらが前に進んでくれている。焦らずに着実にコンディションを整えていってほしい。

そして10月末にチームに合流した現役高校生のGK舟久保もチームに新しい風を吹かせてくれている。チーム最高身長の彼女には伸びやかに、スケール豊かに成長して行ってもらいたい。

サテライトプレーヤーの伊藤も林(はな)もホームゲームの際はチームの裏方仕事を一生懸命手伝ってくれている。

人の出入りもあり、怪我などで決して万全の状態とは言えない中で、13戦を終えてこうしてしぶとく勝点を積み上げることができているのは選手たちの頑張り、そして献身的にサポートし続けてくれたスタッフ、何よりも圧倒的なホームアドバンデージにも繋がっているシューターズの紫魂の大声援。(ほんまに、ほんまに、力になっている。)三重バイオレットアイリスに関わる全ての人の力が結集しての13試合、13時間、勝ち点17だと思う。本当にありがとう。

とは言っても、今シーズンもプレーオフ争いはご存知の通り大混戦。毎試合のように順位変動がある。ここからが本当の戦いが始まる。自分たちにコントロールできるのは自分たちの試合のことだけ、目の前のことを楽しみに、集中し続けることこの事が何よりも大切な事。

次の日本リーグが2017年1月6日のSONY戦。そしてその前に日本選手権。前半戦をしっかり振り返って、チームとしても個人として、次のテーマに向かって進んでいこう。その日の練習、その日のワンプレー、その日の生き方、その積み重ねが勝負の瞬間に滲み出てくる。



JHL 奈良大会 I Love Ikoma

[ 2017/2018 シーズン(MVI) ]


2017年10月22日の今日は2006年1月のホンダ熊本での選手時代以来に奈良県生駒市での日本リーグだった。この時は29歳やったかな?今は40歳そして今回は監督として。前回はドイツに渡る前だったので、約12年ぶりだった。

僕は小学4年生から高校3年生まで奈良県生駒市で生活していた。10歳から18歳で生駒で過ごした。今は実家も生駒から春日井に移ってしまったが、当然、心のふるさとは生駒である。I love Ikoma である。

そんな生駒での日本リーグだった。

鈴鹿に夏合宿に来てくれた天理大学のみんながモップや応援席から応援してくれた。(秋学連で何とかインカレ出場権獲得オメデトウ)

選手入場のエスコートキッズは、奈良県の小学生チームの真弓クラブだった。(このクラブは僕が24歳頃に初めて指導する機会を持たせてもらったクラブ)

そして、天理大学の学生たちと一緒にいつもの三重でのホームゲームの様に応援してくれたシューターズ。

そして会場設営&運営をしてくださっている奈良県ハンドボール協会の皆さんは、僕が一条高校でふんわり&ゆるゆるとハンドオールをやり始めた頃からお世話になっている方たち。

生駒中学の体育の授業でハンドボールと出会って、その時の体育の菅沼先生にハンドボール部を勧められたが、断って中学では野球を続けていた。一条高校へ進学して、野球と迷った挙句、ふんわり&ゆるゆるでハンドボールやり始めてから25年。まさか自分が育った町で日本リーグの監督として日本リーグの試合をさせてもらえる日がくるなんて夢にも思わなかった。

ってこれは全部帰りのバスの中で、思い浮かべていたこと。

そんなことゆっくりと思い出すこともなく、昨日のHC名古屋戦を終えて、急ピッチで今日の飛騨高山BB岐阜(以降、ブルズ)との一戦の準備を進めて、気がついたら試合前のオフィシャルMTGで、気がついたら選手入場だった。

唯一「あー生駒で試合させてもらえるんや」って思えたのは試合前に選手入場の後に、母校一条高校の後輩(おそらくハンド部の生徒)が花束を渡してくれた時にくらい。

そして、立ち上がりにバタバタっとブルズにリードを許して、速攻で1回目のタイムアウトを請求して、何とか挽回して14-8で前半を折り返して、後半も何とかリードを保ちながら試合を進めて、気がついたら試合が終わっていた。

MVI 24(14-8 10-8)16 ブルズ

8点差での勝利。これで9戦6勝3敗である。

試合を終えて、中学、高校時代の同級生や真弓クラブの教え子たちと少しだけ話すことができた。やっぱり生駒はいいね。

そういや、今日10月22日はオカンの誕生日やったね。後13分で今日が終わるけど。

昔と今が全部一気にありがたかった一日やった。

本日の登場人物の皆さん、全員ありがとうございました。



国体東海ブロック大会2017終了そして日本リーグ開幕へ

[ 2017/2018 シーズン(MVI) ]


先週末は国体東海ブロック大会だった。会場は静岡県だった。

三重 24-16 岐阜
三重 18-15 愛知

愛媛国体への出場権1枠をなんとか獲得することができた。東海4チーム内に日本リーグ所属チームが3チームある中での出場権獲得はタフな仕事だった。日本代表3名がチームに完全合流したのはこの大会の3日前からだった。

あれもこれもはできないし、ジタバタしてもしょうがないので、優先順位をつけて、やることを絞って、試合に臨んだのが良かった。二日連続の日本リーグ所属チームとの試合だったので、メンバーをシャッフルしながら、プレータイムに偏りがないように注意しながら2試合を進めた。もちろん勝利することを最優先する中でだ。

限られた時間の中で、やるべき準備をし、今できるプレーを出し切ってくれた選手たち。2試合を通して見えてきた課題はあるが、トーナメント戦を制して一位通過できたことが何よりの収穫。ルーキーズも社会人選手権よりも遥にチームにフィットしてきている。

今大会は前キャプテンの大畑美沙(旧姓・漆畑)にも加わってもらってチーム三重で挑んだ。教員生活スタート&結婚を経て、約1年5ヶ月ぶりにチームに加わってくれた。今回の活動に理解&支援してくださった全ての皆さんに感謝したい。

本国体までまたしばらくそれぞれの場所での活動になるが、お互いに1歩でも成長した状態で再合流できるようにしたいものだ。


さてさて国体東海ブロック大会を終えて、その足で東京へ。日本リーグ開幕を控えての監督会議と記者発表に出席してきた。

いよいよ今週末から日本リーグが開幕する。今シーズンは新規参加の2チームを加えて9チームで3回戦総当たりの24試合を戦うことになる。24試合、時間にして24時間。たった24時間のために7ヶ月もの間ハンドボールに没頭していくのである。

今シーズンも目の前のことに集中して、チーム全員で成長していこう。



公認スポーツ指導員養成講習会&天理大学サマーキャンプ

[ ~2022 三重バイオレットアイリス ]


8月2日〜6日までの5日間、公認スポーツ指導員養成講習会と天理大学のサマーキャンプの受入れを行っていた。

公認スポーツ指導員、つまりハンドボールコーチを養成する講習会である。MVIにも将来指導者志望の選手が何名かいるので、現役選手ではあったが3名の選手が受講した。三重はもちろんの事、岡山、大阪、和歌山、京都、神奈川など全国から受講生が集まってくれた。

そして全く同じタイミングでMVIの闘将万谷の母校、天理大学がサマーキャンプにも来てくれた。天理大学は普段、選手自身がチーム運営やトレーニングメニューを考え活動している。そんな天理大学をメインのデモンストレーターにしながら、全国から集結したコーチ陣と共に天理大学のレベルUPを図っていくこと大きな柱にしながら5日間で合計40時間のプログラムを作成した。

もちろん夜間練習や週末の指導実習などはMVIの選手達もトレーニングも兼ねて参加してくれた。

コーチの役割、コンプライアンス、レフリング、傷害予防など、基本的な部分を抑えながら3プラン(チームプラン、ゲームプラン、トレーニングプラン)のプランニングについて理解を深めてもらった。競技力向上のために心技体、この3分野のトレーニングについて、どのように期分けし、どのようにタイムバランスをデザインしていくのか。攻守の個人技能、集団技能の基本的な考え方、そしてそれをどのように実践させていくのか。

講義では目標と目的、そしてスローガン。チームとは?グループとは?マネジメントとは?運営と経営の違いとは?まずは自分なりの考えを纏めてもらい、それを数名でシェア、そして全体でシェア、こんな流れで進行していった。そしてこの3プランをどのように評価し次のプランニングに発展させて行くのか?KGIやKPIにも触れながらお話させてもらった。

実技でも、数的同数、数的有利不利、シュート局面=セーブ局面での基本的な考え方を天理大学に落とし込んだ。夜間のMVIとの合同練習で、ストーリー性のあるトレーニングメニューの組み方と進め方とその逆のミックス系のメニューの組み方と進め方を感じ取ってもらった。

3日目までは天理大学とコーチ陣にとってはインストールの機会を多めに設定し、残りの2日間はアウトプットの機会をふんだんに盛り込んだ。コーチ陣を3チームに分けての指導実習と個人の指導案をプレゼンテーション。

最終日の指導実習にはMVIと天理大学の混成チームを2チーム作っての実戦。それぞれチームスタッフになって試合前のMTGの進行からウォーミングアップ、試合でのベンチワーク、試合後の振返りまでを経験してもらった。ポジション、メンバー、戦術&戦略、ベンチワークなど実戦の中でしか感じとる事ができない部分にも触れてもらった。

コーチ陣の皆さんは本気で各テーマと向き合い、本気で準備し臨んでくれたいた。中には指導実習後やプレゼンテーションの冒頭、目に涙を浮かべている方もいた、それくらい本気で臨んでくれていた。

僕は「自分が関わっている選手たちがこの競技(ハンドボール)の未来なのだ」そういう想いでこの仕事をしている。今回の講習会の一番最初にもそんな話をさせてもらった。ハンドボールに関わる全ての指導者が「一隅を照らす」そんな想いでハンドボール、選手と関わっていけば今より悪くなる事はない。僕はそう信じている。

それにしても5日間で約40時間のプログラムを自ら組んで、講義&実技&進行をしてという機会はなかなか得難いものだった。(傷害予防、レフリング、GKの部分はさすがに専門家に手伝ってもらったけど)

Facebookには前職時代の友人も少なくないが、言ってみたら「相続セミナー講師養成講座」あるいは「吉澤塾」を5連投みたいな感じやった。

たぶん前職時代にこの「相続セミナー講師養成講座」の講師を経験していなければ、今回のこの講習会のプログラムは思いつかなかったし、進行役も出来なかったと思う。

まあ、こういうのを「人間万事塞翁が馬」とでも言うのだろうか。


さてさて、母校天理大学と5日間を共にし、指導実習を兼ねた天理大学とのミックスゲームでも元気はつらつのプレーを魅せていた万谷。この人の自然体、泰然自若とした感じは、これはこれでよし。



7月のあれこれと徳島遠征と日韓定期戦

[ ~2022 三重バイオレットアイリス ]

7月が終わろうとしている。7月もあっと言う間だった。

大学生男子にチャレンジさせてもらった中部大学との合同練習、これは月末の徳島遠征、BSV(ドイツ)との一戦への試金石にしたかった。心や頭のトレーニングを目的としたSBTやライフスキルセミナー。池原(デンマーク・ニューコビンへの海外移籍)の送別会。池原は7月19日にデンマークへ旅立っていった。三重、岐阜、愛知、奈良、石川の小学生ハンドボーラーが鈴鹿に集結したバイオレットJr.カップ。バイオレットの選手もちびっ子ハンドボーラーと交流させてもらった。HC名古屋、飛騨高山BB岐阜、そして三重バイオレットアイリス、日本リーグ所属の3クラブがリーグ戦形式で対戦した東海クラブダービー。

そして7月最終週の徳島遠征。昨シーズンドイツ・ブンデスリーガ4位&ドイツポカールチャンピオンのBSVとのテストマッチを元にしたものだった。今鈴鹿でトレーニングを重ねる選手の7割がルーキーを含めた入団2年目未満の選手だが、若いメンバーでどれだけBSVにやれるのか?非常に楽しみにしていた。

MVI 22(15-16 7-13)29 BSV

前半8分6−2と好調な出だしの後、BSVはタイムアウト。おそらく序盤はMVIを舐めていたじゃないかと予想する。

このタイムアウトからが本当の勝負だった。オフシーズン中の欧州のチームはテストマッチでは勝敗ど返しで新戦術を試してきたり、日本には観光気分で来ている、経験的にそんな事は理解している。まずはこっちが先制パンチ喰らわせて、相手を本気にさせてからが勝負だと思っていた。

タイムアウトの後、本気スイッチの入ったBSVが襲いかかってきた。その後、一進一退の攻防が続き前半を終えて15-16の1点ビハインドでハーフタイムへ。後半の立ち上りから10分近く得点が奪えずに一気に10点近いリードを許してしまった。そのあと何とか攻撃を立て直して、追い上げるが逆転するには及ばす7点差での敗戦だった。

大型選手に対してこういうプレー&選手は通用すると仮説立ててこの2年間MVIを強化してきた。最初に通用したプレーに対して相手が対応してきた後に、次はこういうプレー(解決策)が必要・有効ではないか?そんな事を感じ取る事ができたBSVとの一戦だった。手応えと課題と手に入れる事ができた。それにしても選手は本当にいい表情でハンドボールしていた。一人のアスリートして純粋に強い相手と一戦交える。こんなに嬉しいことない。

徳島遠征を終えた翌日ではあったが、日韓定期戦を観戦してきた。

MVIから日本代表として選ばれている選手がどれくらい国際舞台で活躍できるのか?また国、性別、チームをを問わず国際舞台ではどんな選手が活躍し、どんなプレーが通用するのか?ナショナルフラッグを背負ってプレーする選手はどんな人間なのか?男女の国際試合を通してそんな事を観てきた。男女両チームの戦術や戦略、大会運営や会場の盛り上がりなどをライブで感じたかったのは言うまでもない。

MVIの主戦場は現時点は日本国内ではあるが、池原がデンマークに旅立ち、日本代表としても、原、多田、河嶋が活動している。鈴鹿で腕を磨いている選手の中にもいずれは自分も世界の舞台でと野心を持つ選手も少なくない。

国内で活躍することは勿論のこと、その先を見据えて個人・チームを強化していく。そういう視点の必要性を改めて感じた徳島遠征と日韓定期戦だった。

明日からは8月、指導者講習会、大学生チームの夏合宿の受け入れ、国体東海予選、そしていよいよ日本リーグが開幕する。