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アジア大会2018を終えて

[ おりひめJAPAN ]

アジア大会を終えて帰国した。予選ラウンドを4戦全勝で1位追加。ベスト4で中国に1点差で敗戦。その後の3位決定でタイに勝利して銅メダルで大会を終えた。

金メダルは韓国、銀メダルは中国、銅メダルは日本。目標としていた決勝戦には一歩届かずだった。悔しい気持ちもあるし、銅メダルを獲得できた事に喜びや誇りも感じている。というより感じるようにしているという方が正確かもしれない。やはり悔しい気持ちは小さくない。

2017年の世界選手権以降、2018年に入ってからジャパンカップ@高崎でのポーランド戦、デンマークでのコペンハーゲン戦、熊本トライアルゲームズのニューコビン戦などを通じてこのアジア大会に向けて準備を進めてきた。

若干のメンバーの出入りや、けが人などはあったが、おりひめJAPANとして一歩一歩ビルドアップさせながらアジア大会に臨んだ。開会式よりも早く現地入りし、予選ラウンドを戦っていった。40点台、時には60点を超えるハイスコアで予選4試合を勝ち抜いていった。その後急激に対戦相手のレベルが上がってのベスト4だった。

THW Kielのアシスタントcoach経験のあるドイツ人監督を招聘し、体格を活かしたスケール豊かなハンドボールを展開する中国との真っ向勝負の準決勝だった。前半立ち上がりは6-10の4点リード許すが、そこから巻き返し前半を終えて15-13の2点リードでハーフタイムを迎えた。後半も3点リードを保ちながら優位に試合を進めていったが、後半ラスト10分に逆転を許す31-32の1点差で敗戦。決勝には駒を進めることができなかった。

この敗戦から何を学び、次にどう活かすか。日本代表はそんな場じゃないのかもしれないが。それ以外にない。

ここから先はハンドボールの勝敗とは直接関係ないけど、ハンドボールやスポーツを通して僕自身が今回感じていたこと。

7月中旬から今回の活動はスタートし、デンマーク(スウェンボー&ニューコビン)、東京、熊本、東京、ジャカルタと約7週間も続いた日本代表活動だった。気候、食事、文化、民族、国の違いを感じとる事ができるなかなかユニークな7週間だった。

中でもアジア大会の開会式に参加できたことや、選手村での生活は普段なかなか経験できないものだった。

開会式で感じた高揚感は言葉にできないような素晴らしいものだった。

ハンドボールの日本代表の男子の選手やスタッフ、女子でも他の国の選手やスタッフ、または日本の違う競技の選手やスタッフと選手村の食堂やトレーニングルームで何度か顔を合わせて挨拶するようになった。

レスリング日本代表の選手やスタッフのトレーニングを見たり、話を聞かせてもらえたことは素晴らしい気づきになった。鈴鹿を拠点に活動する陸上の衛藤さんが「鈴鹿組で一緒に頑張りましょう」と部屋を訪ねてきてくれたのも嬉しい出来事だった。

台湾男子代表のちょう君、韓国代表男子コーチの白さんは日本リーグでも顔馴染みだったので、会うたびにお互いに声を掛け合っていた。中国代表コーチやタイ代表コーチとも、それぞれ代表チームのコーチっていう境遇もあってか試合会場で会うたびにどちらからともなく声を掛け合っていた。

また現地でのボランティアスタッフは片言の日本語で話しかけてきてくれたり、テレマカシー&サマサマ(ありがとう&どういたしまして)とインドネシア語で挨拶を交わしたり、練習会場や試合会場で割と顔なじみになって一緒に写真を撮ったりした。

2006年に日本を出てドイツでプレーすることを機会に僕は今まで自分が日本人であるということは割と意識して生きてきた。今回このアジア大会に参加して、自分がいるアジアのこと、全然知らないんやなって凄く思ったし、自分はアジアの一員なんだって自然に感じるようになった。

メダルセレモニーがひと段落して、原と多田が「しょうがないから一緒に撮ってあげますよ」って銅メダルを首にかけてくれたのは最高に照れ臭くて、最高にいい思い出になった。



鈴鹿にて

[ 三重バイオレットアイリス ]

今日は7月16日、今は東京に向かう新幹線。明日7月17日から本格的に日本代表活動が再開。デンマーク合宿、国内合宿を経て、アジア大会(ジャカルタ)という流れでの活動、次に鈴鹿へ戻るのは9月上旬になりそうだ。今回は1ヶ月半もの間、鈴鹿を離れることになるだろう。

6月26日から7月16日までの3週間弱は三重バイオレットアイリスの強化に集中していた。選手個々の成長を見極めながら、やる事を絞って強化を図った。限られた時間と機会の中で選手たちは集中して頑張ってくれた。1日、1回の練習、1プレー、1分、1秒無駄にはしない。そんな想いで本当に頑張ってくれた。

通常のトレーニングとも並行して、リクルート対象選手の受け入れ、ファン感謝デー、バイオレットJrカップ、トークセッション、公開紅白戦、選手との個人面談、大学生の夏合宿受け入れなど、未来への種まき&ホームタウン活動などイベント盛り沢山の毎日だった。

3連休前の2日間7月12日、13日は意識的に予定を開けて、梶原コーチと個人個人の成長とチームの強化の方向性をずっと話し合っていた。何だかんだ言って、梶原がいるから何とかやっていける。

3連休の初日7月14日は自宅から一歩も出ずに梶原コーチと共有した内容を元に、これからの事を整理していた。僕にとって、こういう時間&機会を持つことは大切なこと。意識的に考えを纏める時間を持たないと、集中して行動できない。

そして昨晩は池原綾香(ニューコビン)のおかえりパーティー。(古巣に顔を出してくれて嬉しい限りだ。)クラブのみんな、気の合う仲間でゆっくりと時間を過ごすことができた。高井さん、梶原の誕生日祝いと共に、妻の誕生日もみんなで祝ってくれた。江森(えもち)が新スタッフに加わってくれた。息子も照れ臭そうに、でも嬉しそうに「Super Violet Soul」の輪に加わっていた。クラブのイベント参加を楽しんでくれる家族がいるのもこれまたありがたい。

まだまだ道半ばではあるが、いいクラブになったなとつくづく思う。本当にこのクラブの監督係で良かったなと思うし、この選手たち、このスタッフと、この仕事ができて幸せやなと思う。毎日楽しくてしょうがない。

あーだこーだ言いながらも、限られた時間と機会である事を理解して、ハンドボールをやる時は、ぐっと集中して頑張る選手たちには感謝の気持ちしかない。まあ選手たちは「早く行ってくれ。もう帰ってくるな。おらん方がいい。」と言うやろうけどね。そう言う意味で、選手たちの集中力と結束力は凄まじいのだ。

この後、チームは7月末の東海ダービーを経て、8月2週目には国体東海予選へ挑むことになる。選手もスタッフも色んな想いを持ってこの国体東海予選に向かっている。本番のその場に全員が揃うことはできないけど、自分が関わった何かが、チームの何処かに関係している。みんなそんな想いでやっている。一隅を照らす。

暫くみんな離れ離れになるけど、選手もスタッフもそれぞれの場所で成長し、9月にまたみんなで会おう。



無毛な人たちの、不毛ではない会話

[ 三重バイオレットアイリス ]

5月23日から5週間続いたおりひめJAPANの活動も先日のJAPANカップ2018、日韓定期戦2018で一旦一区切り。6月26日に韓国から帰国し久しぶりに鈴鹿に戻ってきた。

5月中旬から下旬までのおりひめJAPANコーチとしての活動は、社会人選手権視察、フィジカルクリニック参加。

その後一旦MVIの活動に戻り鈴鹿経由で5月29日に韓国へ移動し釜山国際親善大会に参加。アメリカ戦、香港戦、釜山BISCO戦を戦った。

6月初旬、釜山国際親善大会3戦を終えたところで僕は原、多田、河嶋と共に釜山から東京、アムステルダムを経由してデンマークへ渡りおりひめJAPANに再合流。

MVI本隊はその後も国体を見据えたメンバーでオーストラリア戦、セネガル戦を戦った。MVIの釜山国際親善大会の戦績は3位(5戦3勝2敗)、大会ベスト7に加藤、團が選出された。過去に膝の大怪我をした二人が努力を重ねてこうして国際大会で正当に評価して貰えるのは本当に嬉しい。

話が前後したが、おりひめJAPANのデンマーク遠征に合流後、アイスランド、デンマークU20、デンマーク男子U16とのテストマッチを5月中旬まで重ねていった。世界選手権2017の戦術の再確認および新戦術&新加入選手のテスト、これらを繰り返しながらチームを再構築していった。

6月中旬にデンマークから帰国し、ヤングおりひめ(日本代表U24)との合同練習などを交えながら強化合宿を継続。6月21日に群馬県高崎市へ移動。いよいよJAPANカップ2018に向けての本格的な準備開始。対戦相手は欧州の強豪国ポーランド。

今回のJAPANカップはノンタイトルマッチとは言え、世界選手権2017のおりひめJAPANの躍進を経て、現在のチームの成長を日本の皆さんに応援して貰える絶好の機会。チーム内にとっても、チーム外にとっても色んな意味で大切なJAPANカップ、ポーランド戦だった。(まあこの時期色々あったしね。)

試合当日ウォーミングup前のベンチで監督のウルリクと応援席を見渡しながら「こんな風に日本で応援して貰えて、ハッピーだなぁ。いい試合にしよう」と無毛な二人が不毛ではない会話をしていた。

試合開始直後こそ、ウルリク曰く「ラグビーハンドボール」のポーランドの力技に苦戦し1-4とリードを許す展開だったものの、選手たちは慌てる事なく体制を立て直した。前半は苦しみながらも11-13の2点ビハインドでハーフタイムへ。

ハーフタイムでは後半に向けての修正ポイントをウルリクと共に再確認した。

後半の立ち上がりで追いつき、その後は一進一退の攻防が続いた。後半残り10分からおりひめジャパンは再加速。最後は一気にギアを上げてポーランドを押し切った。

日本 27(11-13 15-7)20 ポーランド

7点差をつけて見事に逆転勝利。苦しい時間帯もあったが、ブルーのスタンドからの応援が本当に力になった。

試合前に会場全員が起立して、ナショナルフラッグを見上げ、肩を組みナショナルソングを歌うその瞬間。おりひめJAPANの応援をする。そのチームの選手としてプレーする。そのチームのスタッフとして選手をサポートする。選手がプレーしやすいように、ファンが楽しめるように、運営者として全力を尽くす。

「自分がこの国の、ハンドボールの今と未来の何処かに携わっている。」

会場にいる全員とそう感じることのできる時間であり、空間だった。

ノンタイトルマッチとは言え、色んな事を試しながら、ポーランドに、そして日本で、このタイミングで勝利できた事は本当に意味のある事だと思う。

JAPANカップ2018を終えて、おりひめJAPANは帰京。翌朝早朝に彗星JAPAN(男子代表)と共に日韓定期戦2018へ向けて韓国へ移動。MVIの釜山国際親善大会から約1ヶ月、今度はおりひめJAPANと共に韓国へ戻ってきた。ポーランド戦から中一日で韓国戦へ。

海外遠征、国際試合にはイレギュラーが付き物、スケジュール&環境は現地に入らないと分からない&決められない。現地入りしても予定は目まぐるしく変わる。整理整頓された中、万全の準備が整った中で力を発揮することも大切だが、想定外のことが起きた時の対応力や思い通りにことが進まない時の修正力もこれまた大切。

思い通りにいかない時に何ができるか。今ある条件下で何ができるか。こういう経験をするために海外遠征や国際試合が組まれている。望むところだ。

ポーランド戦から若干メンバーが変更になり8月のアジア大会を想定したチームで韓国戦に挑んだおりひめJAPAN。立ち上がりから韓国の巧みな試合運びに苦戦を強いられる展開が続いた。

日本 20(9-14 11-13) 27 韓国

終わってみれば、ポーランド戦と全く逆のスコアでの敗戦だった。おりひめJAPANのコーチになって初めてアジアのチームとの対戦だった。これまでは欧州を中心に南米、アフリカのチームとの対戦が続いていた。

韓国との対戦を通して多くの課題が浮き彫りになった、それが何よりの収穫だった。

今回の日韓定期戦2018を終えて、おりひめJAPANの活動は一旦ブレイク。次回は7月中旬から活動再開の予定だ。

さあ今度は鈴鹿でMVIの監督としての活動が待っている。早速鈴鹿に戻ってウエイトTrを終え、先週末の練習試合の振り返りミーテイングを行う鈴鹿のみんなの顔を見てきた。

そして梶原コーチとのしつこいくらいの打ち合わせ。釜山国際親善大会以降のチームの様子や選手個々の様子、7月中旬までのテーマ、スケジュールなどを話し合ってきた。

わずか2週間ちょっとではあるが、少しでもMVIの選手たちの成長の手助けが出来るように全力を尽くそう。

6月27日から本格的にMVI監督係として活動再開。これまたエキサイティングな仕事が始まるのだ。



世界選手権2017ドイツ大会を振り返る

[ 三重バイオレットアイリス ]

2017世界選手権ドイツ大会を終えた。11月中旬から国内合宿、スペイン&オランダ遠征、そして世界選手権と約1ヶ月もの間、日本代表チームのコーチとして活動させてもらった。

死のグループと言われた予選ラウンドグループCを3位(2勝2敗1分)で勝ち上がり決勝トーナメントに駒を進めた。日本代表として初のベスト8をかけて前回準優勝国オランダ相手に真っ向勝負を挑んだが延長戦の末に2点差で敗れた。今大会はベスト16で大会を終えた。

オランダ戦を終えて、試合終了数時間後には慌ただしくホテルを発った。監督のウルリク、海外組の亀谷&池原とは現地で別れた。

怒涛のように過ぎ去ったこの1ヶ月の記録を残しておこう。

11月12日(日)JHL年内最終戦を終えて、ANTC(味の素ナショナルトレーニングセンター)で国内合宿開始。この時は育成選手を含む、国内組のみで強化合宿をスタートさせた。

翌日13日には世界選手権に向けた記者会見が行われた。14日の早朝に東京を後にし、僕は一旦鈴鹿に戻った。代表活動で約1ヶ月三重バイオレットアイリスを離れる事になるので、不在時の引き継ぎを行うためだった。

JHL前半13試合の振り返り&ブレイク期間の目標設定、この部分をチームとしても、個人としても明確にしておく必要があった。14日から16日まで3日間で個人面談と不在時に指導に入ってもらう梶原BMとの打合せを重ねた。

フィジカルトレーニングに関しては個人個人にメニューを提示し、ボールトレーニングに関しては不在時のテーマと、各週ごとの目標を梶原BMと詰めていった。ボールトレーニングに関しては、梶原と中心選手3名とが週1回集まって、その週の振り返りと翌週のメニュー作成を行う。こんな感じで1週間を回していく計画を立てた。

1週間に一度はチーム内でのミニゲームや練習試合を組み込み、ゲーム形式のメニューの映像データを随時送ってもらって確認できるように準備した。途中、中部大学富田監督をゲストコーチに招きポストプレーやDFを中心に指導してもらった。

選手個々のコンディションについてはコンディショニングアプリの導入と佐久間トレーナー、木本トレーナーと常に情報共有しながら進めていった。

話を日本代表に戻そう。11月12日から19日までANTCでの国内合宿、そして11月20日から30日までがスペイン&オランダ遠征、そして12月1日から世界選手権2017ドイツ大会開幕。ざっとこんなスケジュールだった。

国内合宿では今回の世界選手権に向けたメンバーに加え、大学生&日本リーグから合計4名の育成選手も加わり約1週間の強化合宿を行った。世界選手権で日本の攻守のベースとなる部分を詰めていく作業が中心だった。

11月19日深夜、国内合宿を終えて空路で欧州へ。スペインのマドリッド空港で海外組の亀谷&池原が合流。これで今回の世界選手権にエントリーしている選手19名全員が揃った。

スペインと言えど、滞在場所はアフリカ大陸。モロッコにあるスペイン飛地領のメリリャでスペイン国際(ウクライナ、スペイン、アルゼンチンとのテストマッチ)を中心とした強化遠征を行った。国内合宿で固めてきた自分たちのスタイルをテストマッチの中で詰めていく日々が続いた。

練習に練習を重ねてコンビネーションを確立させていくと言うよりも、大体こんな感じのハンドボールをすると言うフレームを作っておいて、実戦形式の中で煮込んでいく。一般的な欧州のコーチがとる手法をウルリクもとっていた。

とは言え、本大会直前のテストマッチでは勝利という結果も欲しいというのが本音。ところがこのスペイン国際では一勝もすることが出来なかった。同じ敗戦でもウクライナ、スペイン戦では自分たちのやりたいハンドボールをある程度展開できての敗戦だった。

ところが最後のアルゼンチン戦では相手に日本の攻守を徹底的に研究されて、自分たちハンドボールすらさせてもらえずにフラストレーションのたまる内容での敗戦だった。

【スペイン国際】
日本 24-25 ウクライナ
日本 22-26 スペイン
日本 21-26 アルゼンチン

この時に感じていたのは、本大会も予選ラウンド5試合が進むにつれて日本は研究、対策されるだろう。それを大会中にもう一歩上回る必要があるということだった。

11月27日、スペイン国際を終えて空路でオランダへ。世界選手権に向けての最終調整の地がオランダだった。ここではブンデスリーガ1部のクラブとのテストマッチが組まれていた。このテストマッチが本大会に向けての最後の実戦形式の機会だった。

それにも関わらず、ここでも望んでいる結果、内容には程遠いものになってしまった。ラストテストマッチの後は流石にチーム内に動揺が走った。

でも誰も助けてくれない。今いる選手&スタッフで乗り越えるしかない。こんな時こそ、他者に目を向けるのではなく、大切なのは己に目を向けること。チームが何処に向かっているのかを理解し、その中で自分に何ができるかを考え、整理し、行動に移すことだ。今向きあうべきは自分自身。分かりきってはいるが、こんな時だからこそ、そんな当たり前のことを確認しあった。

【ラストテストマッチ】
日本 23-32 HSG BLOMBERG

スペイン&オランダでのテストマッチ4試合を終えて明確になったことは、自分たちのやろうとしているハンドボール、プレーができないと勝利どころかクロスゲームにさえ持っていけないということだった。

逆に言えば、こうやって守る、こうやって攻めるというベーシックな部分が徹底できている時は日本はちゃんと戦えている。

11月30日にオランダを出発する直前のミーティングで、もう一度自分たちのやろうとしているハンドボールを明確にした。うまくいっている時、うまくいっていない時、それぞれどうなっているのかを整理して、プレーに迷いを無くしてもらうことが目的だった。

この頃、僕はサッカー南アフリカW杯の直前もこんな感じやったんかなぁと、岡田武史監督の元で若き本田圭祐が躍動し、予選グループを勝ち抜いたあの大会をイメージしていた。

ありとあらゆるネガティブな要素が本番前に出てくれて良かった。そこに気づけずに本番に行くよりも、そこを直視する機会持てて良かった。あとは雨降って地固まるじゃないけど、本番では好転していくんちゃうかなぁと考えていた。

11月30日の夕方前には陸路でドイツ入り。ドイツ入りしてからも、ボリュームを調整しながらも、ミーティングとトレーニングを繰り返していた。

自分たち(日本チーム、日本人)の強みは何か、対戦相手に関わらずここだけはブレずに貫こう。こういうスタイルで戦おう。試合の中で困難な局面にぶつかった時に立ち返る原点を明確にした。その上で対戦相手に対して、今回はこうやって戦う。というプランを理解し、実践する。

ここまで出来てようやく、接戦に持ち込むことができる。そして試合の中で、対戦相手が対応してきた時にチームとしても、個人としてその対応を上回ることができれば勝点が見えてくる。1試合の中で勝ち点を取るまでにこの2段階をイメージしていた。

そして予選ラウンド試合が進む中でも、次から次へと日本に対して、対策を練ってくるので、最初に通用していた部分も通用しなくなってくる。その山や変化を5試合の中で乗り越えることができれば予選ラウンド突破が見えてくるのではないかと考えていた。

つまり自分たちのスタイルを出し切るのは大前提、尚且つ1試合の中での変化、大会中の変化にチームとしても、個人としても対応していくことが予選ラウンドを突破する鍵になると考えていた。

死のグループと言われた予選ラウンドグループCの試合日程は下記のように、2日試合をやって1日休みの流れで進んでいく。

12月2日 vsブラジル
12月3日 vsデンマーク
12月4日 No Game
12月5日 vsモンテネグロ
12月6日 vsロシア
12月7日 No Game
12月8日 vsチュニジア

上位4チームが決勝トーナメントに駒を進めることができる予選ラウンド。下馬評では日本は予選敗退が濃厚とされていた。

12月2日、運命のブラジル戦。 日本 28(15-13 13-16)28 ブラジル

前半を3点リードで折り返し、自分たちのスタイルで戦えていた。後半終盤に、中心選手のアモリム&ロドリゲスがこれでもかと個人技で得点を狙ってきた。広げていたリードをみるみる縮まっていった。それでも何とか土俵際で踏みとどまり同点でブラジル戦を終えた。

12月3日、デンマークとの一戦。 日本 18(5-16 13-16)32 デンマーク

前日のブラジル戦を元にデンマークは日本を徹底的に研究し、対策してきた。日本の3-3DF対策からかデンマークは試合開始直後から7人攻撃を駆使してきた。フィジカルコンタクトに優れた大型のポストプレーヤーにライン際を制圧され続けた。ウルリクの母国デンマークに日本は一蹴された。

大会中の変化、対策されると言う現象が今まさに目の前で起きていた。幸いなことに、デンマーク戦の翌日は試合がない。今自分たちにどんな変化が起きているのか。チーム全体で共有し、モンテネグロ戦への準備を進めた。

12月5日、モンテネグロ戦。 日本 29(12-15 17-13)28 モンテネグロ

前半3点ビハインドをひっくり返しての劇的な逆転勝利。試合中の変化に対して、選手が見事に対応してくれた。ウルリク采配的中だった。大型左腕のブラトビッチなど世界的名手を擁するモンテネグロに初めて勝利を手にすることが出来た。タイムアップのブザーともに歓喜の輪ができた。

強豪国モンテネグロに勝利できたことは、素直に嬉しいことだ。しかし、今大会の目標はあくまでも予選ラウンドを通過して、決勝トーナメントで一つでも上の順位に駒を進めること。ブラジルに引き分けることでも、モンテネグロに勝利することでもない。

予選ラウンドはあくまでも5試合終わった時の勝点と順位が全て。目先の勝敗に一喜一憂してはいけない。一刻も早く次のロシア戦に意識と行動を向ける必要がある。試合会場から宿舎に戻るバスの中で「目の前のことに集中する」この事を全員で確認しあった。

12月6日、ロシア戦。リオ五輪優勝国の女王ロシア。 日本 28(11-13 17-16)29 ロシア

世界チャンピオン相手に真っ向勝負を挑み、何度離されそうになっても懸命に食らいついていったがあと一歩及ばす。世界王者を土俵際まで追い詰めたが、惜しくも1点差での敗戦。

ここまで4戦を終えて1勝2敗1分勝点3。予選ラウンド最終日のチュニジア戦に勝利すれば自力での予選ラウンド突破が決まる。モンテネグロvsブラジルの結果次第3位通過か4位通過が決まる。そんな条件下でのチュニジア戦だった。下馬評では日本有利の声が聞こえてきたが、欧州各国で活躍する選手を多数擁するチームがチュニジアだった。中でもCBチェバ(チュニジア代表として1000得点)警戒が必要だった。

この時に頭に浮かんだのはラグビーのエディーJAPANだった。W杯で世界の列強を薙ぎ倒したものの予選リーグを突破できなかった。おりひめジャパンは石に噛り付いてでも決勝トーナメント行くぞって人で勝手にイメージしていた。

12月7日、天下分け目のチュニジア戦。 日本 31(15-6 16-7)13 チュニジア

試合の序盤こそ、チェバに得点を許し拮抗した展開だったが、終わってみれば18点差での圧倒的勝利。メンタル的に非常にプレッシャーの掛かる試合だったが選手は自分との戦いに打ち勝ってくれた。

日本の試合後に行われたモンテネグロvsブラジルの試合が引き分けだったこともあり、2勝2敗1分で日本とモンテネグロが勝点5で並んだが、直接対決を制した日本がモンテネグロを上回り、3位で予選ラウンド突破を決めた。

【世界選手権予選ラウンドグループC】
日本 28(15-13 13-16)28 ブラジル
日本 18(5-16 13-16)32 デンマーク
日本 29(12-15 17-13)28 モンテネグロ
日本 28(11-13 17-16)29 ロシア
日本 31(15-6 16-7)13 チュニジア
※5戦2勝2敗1分 勝点5 3位通過

12月9日、決勝トーナメントの行われるマグデブルグへ電車移動。

決勝トーナメントの相手は前回大会準優勝国のオランダに決まった。マグデブルグへ移動直後からオランダ戦への準備が開始した。連戦からの疲労に配慮しながら、オランダ戦に向けてのミーティングとトレーニングを重ねていった。

勝敗に限らず次の試合があった予選リーグから、負けたら終わりの決勝トーナメントがいよいよ始まる。世界の強豪国はここからギアチェンジしてくる。この舞台でなければ体験できない本当の闘いがいよいよ始まる。

12月11日、オランダ戦。 日本 24(10-10 10-10 1-3 3-3)26 オランダ

前半、後半では決着がつかず延長戦まで縺れる大接戦だったが、2点差での敗戦。予選ラウンドで機能していた日本の攻撃も徹底研究されている様子だった。前回大会準優勝国相手に堂々たる戦いを繰り広げたが日本はここで敗れた。

【決勝トーナメント】
日本 24(10-10 10-10 1-3 3-3)26 オランダ
※ベスト16で敗退

11月12日の国内合宿から約1ヶ月、今回の世界選手権に向けてのこの日本代表チームに最も遅く合流したのが僕だった。チームの目標とその中での自分の役割を明確にすることからのスタートだった。約2週間の準備期間で求められていること(これはスタッフにも選手にも直接聴いた。)出来ること、出来ないこと、、優先順位の高いこと、これらは何なのかを考えて動いた。

自分が任されるトレーニングの10分なり1時間だったり、ミーティングで使う分析動画だったり、ウルリクの意図を選手にいかに伝えるかだったり、選手の声をウルリクに届けるかだったり、練習でも試合でも、自分の関わるこの仕事が世界選手権という最高の舞台の何処かに出てくる。日本の未来に直結していると思ってこの仕事をしていた。

準備期間の2週間、大会期間の2週間で僕が何よりも意識していたのは選手のコーチャビリティー(コーチングを受ける能力)を高めて行くことだった。

ウルリクがどんなゲームプランを持っていて、その中で自分はどんなプレーをするのか、ウルリクが出した指示の意図は何なのか、練習メニューやミーティングは試合のどの部分を抜き取っているのか、そんなことを常に構造的に理解して事に当たる。

もっと言えば、今回の大会を終えて、それぞれの国、リーグ、チームに戻った後が大切だと考えていた。所属チームのスタッフと共に今回掴んだ世界との距離感を元になりたい自分に近づいていけるようにと思ってアプローチしていた。

もちろん日本代表チームは次回の熊本世界選手権や東京オリピックやそれ以降も続くわけなのは間違いないが、今回の世界選手権、代表コーチというのは、もしかしたら一生で最初で最後かもしれない、そういう思いで今回の仕事をしていた。

日本のハンドボール界において本流とは程遠いアウトローの僕にとっては日本代表とか世界選手権という場はそれくらいのものだった。

今回の日本代表チームのどんなプレーが通用し、どんな選手が活躍できるのか、そして世界はそれをどのように対策してくるか、事前に予想していた範囲内のこともあれば、想像を超えていた部分もあった。

小学生、中学生、高校生、大学生の頃からやってきた1対1のフェイントや牽制をしながらのDFは日本人が世界で戦う上での武器になることが改めて分かった。

そしてそれを出し切れるメンタリティと攻守において接触されてもプレーしきれるフィジカルの強さは言うまでもなく必要だ。

7人OFとそれを凌ぐDF、英語は標準装備だなと感じている。

この1ヶ月掴んだ世界との距離感そして得た経験を、三重バイオレットアイリスの選手たち、そして講習会などでこれから関わるであろう若い選手にしっかりと還元していこう。

今回素晴らしい機会をくださった日本ハンドボール協会、ともに戦った日本代表チームのスタッフ&選手、日本代表チームを応援してくださった皆さん、何より1ヶ月もの間送り出してくれた三重バイオレットアイリスの選手&スタッフ、そして家族。

本当に本当にありがとうございました。



日本リーグ前半戦13試合を振り返るの巻

[ 三重バイオレットアイリス ]

無事2017年内の日本リーグ13戦を終えた。ここまで13戦8勝4敗1分(勝点17)だ。

シーズン前に右サイドの池原がニューコビン(デンマーク)へポストの角南がSONY(日本)へ移籍した。それぞれ更なる高みを目指して新天地で活躍してくれている。

ハンドボールをこの地球の何処かで続けていれば、またいつか何処かで一緒にプレーする時が来るかもしれない。それが同じリーグで対戦相手になるのか、再びの丸を背負って同じチームなるのかは誰にもわからないが、地球の何処かでハンドボールを続けてくれていることだけで嬉しいし、刺激になる。

シーズン前は、どこに行ってもこの二人のポジションをどうするのか?そればかりを聞かれた。シーズン前に準備していたことは、右サイドはルーキーの島居と2年目の佐野、ポストは近藤、原、森本の3人をローテーションさせて行くことだった。3人ともこれまではポスト以外のポジションを主戦場としていた。

右サイドもポストもそれぞれシーズン前に準備してきた中でしっかりと成果を出してくれている。平均22得点は僅かにではあるが、昨シーズンを上回っている。全ての試合、全てのプレーが上手くいっているわけではないが、それは昨シーズンも同じ事、試合ごと、プレーごとに何かを感じ、一歩ずつ成長してくれている。

前半戦の序盤に主将の原が、中盤には左サイドの河嶋が怪我で戦列を離れる時期があった。共に日本代表選手で、共に攻守の要だ。そんな緊急事態にもルーキーの中田と加入2年目の細江が大車輪の活躍をしてくれた。チームにとっては緊急事態だったが、この若い二人にとっては大きなチャンスだった。5月の社会人選手権以降の準備期間で中田も細江もいいトレーニング&テストマッチを積んでくれていたので、今回のこの活躍は必然だろう。公式戦でしか経験する事ができない緊張感が彼女たちを成長させてくれている。

前述の島居や佐野、そして中田、細江など若い選手が思い切ってプレーできるように、要所を締めてくれた万谷、GK高木、加藤。そして爆発的な得点力で攻撃を牽引してくれた多田。彼女たちの活躍は言うまでもない。チームの幹となる彼女たちは昨シーズンの修羅場(最終戦までもつれたプレーオフ争い)をくぐり抜けているので、タフなゲーム展開でも自分たちで乗り越えていける力が備わってきた。

前半戦の終盤の山場になった広島メイプルレッズ、オムロンとの連戦。ここでは森本が足首の負傷からこの2試合を欠場。ここはチーム全体で乗り越えてくれた。

幸い、原も河嶋も森本も徐々にコンディションを戻してきている。年内最後のホームゲームでは3人いい状態でスタンバイしてくれていた。年明けの日本リーグでは経験豊かな選手たちの活躍が必要不可欠になってくるだろう。

GK花村も相変わらずの安定感でチームに落ち着きをもたらしてくれているし、7mt阻止でもリーグ上位につけてくれている。ルーキーの林もいいコンディションをキープし続けてくれている、2戦目の広島メイプルレッズ戦の後半での活躍は光るものがあった。

怪我でまだプレーはできていないが、GK岩見もルーキーの水谷も、ベンチに入ればベンチの中から、ベンチをは外れてもベンチの外からチームをサポートし続けてくれている。毎日、怪我ともチームとも向き合いがらが前に進んでくれている。焦らずに着実にコンディションを整えていってほしい。

そして10月末にチームに合流した現役高校生のGK舟久保もチームに新しい風を吹かせてくれている。チーム最高身長の彼女には伸びやかに、スケール豊かに成長して行ってもらいたい。

サテライトプレーヤーの伊藤も林(はな)もホームゲームの際はチームの裏方仕事を一生懸命手伝ってくれている。

人の出入りもあり、怪我などで決して万全の状態とは言えない中で、13戦を終えてこうしてしぶとく勝点を積み上げることができているのは選手たちの頑張り、そして献身的にサポートし続けてくれたスタッフ、何よりも圧倒的なホームアドバンデージにも繋がっているシューターズの紫魂の大声援。(ほんまに、ほんまに、力になっている。)三重バイオレットアイリスに関わる全ての人の力が結集しての13試合、13時間、勝ち点17だと思う。本当にありがとう。

とは言っても、今シーズンもプレーオフ争いはご存知の通り大混戦。毎試合のように順位変動がある。ここからが本当の戦いが始まる。自分たちにコントロールできるのは自分たちの試合のことだけ、目の前のことを楽しみに、集中し続けることこの事が何よりも大切な事。

次の日本リーグが2017年1月6日のSONY戦。そしてその前に日本選手権。前半戦をしっかり振り返って、チームとしても個人として、次のテーマに向かって進んでいこう。その日の練習、その日のワンプレー、その日の生き方、その積み重ねが勝負の瞬間に滲み出てくる。



JHL前半6戦終えて

[ 2017/2018 シーズン三重バイオレットアイリス ]

9月も終わろうとしている。1ヶ月ぶりのBlog更新。

8月末に開幕した日本リーグもあっという間に6試合を終えた。つまり1シーズンの1/4を終えたことになる。

ここまで6戦を終えて4勝2敗、広島メイプルレッズとの開幕戦に26−28の2点差で敗れ、黒星スタート。そのあと、アランマーレ、大阪ラヴィッツ、飛騨高山BB岐阜戦と3連勝。

どの試合も簡単な試合ではなかったが、9月17日のホームゲームでの飛騨高山BB岐阜との一戦は、台風18号の影響で無観客試合になった。試合開始直前まで、バタバタしていた中でのこの一戦を苦しみながらも勝利することができたことは非常に価値がある。

そして前半戦の山場になった先週末の員弁でのオムロン、SONYとの2連戦。オムロンにはDFで粘りに粘って、17−15で勝利。ちなみに日本リーグではオムロン戦初勝利。翌日のSONY戦は前半の6点ビハインドが終盤まで響き、15−21で敗戦。5連勝ならずだった。  

MVI 26-28 広島メイプルレッズ
MVI 28-22 アランマーレ
MVI 27-22 大阪ラヴィッツ
MVI 20-14 飛騨高山BB岐阜
MVI 17−15 オムロン
MVI 15-21 SONY

3戦終了後にキャプテン原の離脱(膝の手術)もあった中で、チーム一丸となって粘り強く戦い抜いてくれた。毎試合、多くの選手がコートに立ち、自分の持ち味を思う存分出してくれた。

9月は4試合、三重県でのホームゲームが開催された。どの試合も最高の試合会場でハンドボールをさせて貰うことができた。シューターズの大声援、それとリンクしたMC、紫色に染まったアリーナ席、試合前の太鼓のパフォーマンス、本当に最高だ。こんなにも早く、日本でこんな雰囲気でハンドボールができるとは思っていなかった。先週末の員弁での試合前のセレモニー(暗転させて)は痺れたね。

さて日本リーグは一旦ブレイク。10月初旬は愛媛国体である。愛媛国体に向けていい準備をしていこう。



バイオレットJr.cup

[ 三重バイオレットアイリス ]

少し前の話になるが、7月上旬にバイオレットJr.cupを開催した。

三重県、奈良県、愛知県、岐阜県、石川県から小学生ハンドボーラーが鈴鹿に集まってくれた。

昨年に引き続き、バイオレットの選手が各チームについてベンチに入ったり、昼食を共にしたりと、子供たちの輪に入った。

今回はバイオレットの選手がそれぞれ大切にしている事や、小学生のみんなに大切にして欲しい事、知っておいて欲しい事を、各担当チームのみんなにお話させてもらう機会を設けた。

バイオレットの選手たちも1週間、どんな事を子供達に伝えるのか?どんな事を大切にして欲しいのか?って本気で考えて準備してくれた。

小学生のみんなは10分から20分の時間、バイオレットの選手からの話を真剣に聴いてくれた。

40分近く、日本一への熱い想いを小学生相手に真剣に話してくれた選手もいた。

目標設定の大切さを小学生の目線に合わせて噛み砕いて話してくれる選手もいた。

「怪我をしてしまって、今はこういう想いだ。」

「トライアウトを受けてバイオレットに加入して今は練習生だけど、こんな気持ちで頑張っている。」

「日本代表として、こんな想いで頑張っているよ。」

自分の想いや考えを整理して、自分の言葉で誰かに伝える。TOPリーガーとして、子供たちに自分の言葉で語りかける。

凄く大切な事だと思う。子供たちとってもバイオレットの選手たちにとっても素晴らしい機会になったのではないだろうか。



Pay forward

[ 三重バイオレットアイリス福井大学医学部コーチ ]

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デンマークからSimon Wada(シモン・ワダ)が鈴鹿に来てくれた。3月8〜11日まで3泊4日と短い鈴鹿滞在の中で、鈴鹿市ハンドボール教室、バイオレット(3回)、バイオレットの個人練習(2回)、福井大学医学部、三重県小学生講習会と合計8セッション一緒にコーチング機会を持った。

こういう書き方をすると旧知の仲みたいなってしまうが、僕とSimon Wadaとの出会いは3月8日が初めてだった。中部大学の後輩で元琉球コラソン、デンマークでもプレー経験もある池田順から「日本でコーチング機会を求めているデンマーク人があるんですけど、櫛田さんに繋げてもいいですか?」と連絡をもらった。

池田順から、そんな連絡が入ったのが2月末だったと記憶している。それこそ、池田順から連絡を貰ってその日の深夜にFacebookメッセンジャーでSimonと話したのがスタートだった。

SimonはけしてデンマークのTOPコーチではなく、子供達や女の子の指導を得意にしている27歳のデンマーク人コーチ。Simon Wadaとあるように、奥さんが日本人。片言の怪しい日本語とけして流暢でない英語(その方が聞き取りやすい)で意思疎通を何とか図った。

過去にも大阪Jr.クラブや北野高校など関西方面を中心に日本の子供たちへのスポットコーチングの機会を何度か持った経験がある事、デンマークでの活動よりも日本の子供たち、日本のハンドボールへの関心を持っていることを怪しい日本語と英語で教えてもらった。そして、3月いっぱい日本滞在になるので子供たちや女性への指導機会を日本で捜していることと、三重バイオレットアイリスの練習や取組みを見学してみたいという希望も話してくれた。

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実際にこんな感じで佐野が勤務する「おふくろさん弁当」へお昼弁当を一緒に買いに行ったりもした。

一度目のやり取りが終わるころには日本リーグのレギュラーシーズン終了後の3月8〜11日まで鈴鹿に来てくれる事がほぼ決まり、僕はと言えば妻に相談もせずにSimonに「自宅に泊まっていいよ」と伝えてしまった。その後、「また勝手に決めて」と笑いながら妻に怒られた事は言うまでもない。

3月11日には三重県の小学生80名以上への講習会の依頼を元から頂いていたので、Simonの簡単なプロフィールを纏めて主催者&県内の指導者の皆さんへ案内させてもらった。

外国人コーチからコーチして貰える機会を何とか三重県の子供達に提供したかったし、Simonのチャレンジを可能な限りでサポートしたかった。その一部始終をバイオレットの選手たちに観てもらい、何度かSimonからコーチングを受ける事でバイオレットの選手達にも何かを感じてもらいたかった。

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Simon自身が教えてくれた通り、けしてSimonはTOPコーチでないのだろう。でもそんな彼が異国の地で母国語(デンマーク語)ではない言葉で、異国の選手に情熱とユーモアを持って指導する姿をサポートさせてもらえて僕も本当に刺激を受けた。日本で草の根で活動してる指導者が欧州に行って、現地の子供達にコーチングしている姿を想像してみて欲しい。相当なエネルギーが必要だし、かなりチャレンジングなアクションだと思う。僕が今、欧州で現地の選手に現地の言葉で日本人選手へのそれと同じようにコーチングができるかと聞かれたら即答で「No」と言うしかないだろう。

実際にSimonのコーチングが全て上手くいったかと言えば、そんな事はなく、バイオレットの選手へのほんの20〜30分のコーチングの中でも試行錯誤している様子が伺えたし、バイオレットの選手たちが戸惑っている場面も何度かあった。Simonはそれも踏まえて次のトレーニングプログラムの為に準備を重ねていた。

でもこれはSimonに限らず、僕だってそうだし世界中のコーチも同じだと思う。新しいメニューを組む時、新しい戦術を導入する時なんかは準備も含めて試行錯誤の繰り返しだし、指導者が学びとチャレンジをストップさせて、リスクをとらなくなればチームも選手の成長もその時点でストップする。

何度かのコーチング機会と昨日の三重県小学生の講習会を無事に終えて、Simonを囲むバイオレットの選手達。牛乳瓶の底にみたいに分厚いメガネを外して涙ぐみ、言葉に詰まるSimon。そのSimonの様子にこれまた涙ぐみ、もらい泣きするバイオレットの選手たち。

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鈴鹿滞在中にSimonが何度も僕に聞いてきた。(もちろん怪しい日本語と英語でのやりとり)

Simon「何でクシ、サミ(妻)、アキラ(梶原BM)はこんなにもウエルカムなんだ?」

僕「Pay fowardって言うんやっけ?俺もサミもアキラも、ドイツやカナダで現地の人に家族同然で助けてもらったし、挑戦させてもらったから、そんなの当たり前や。特別な事じゃない。だからSimonは三重の子供たち、日本の子供たち、バイオレットの選手たちに返してくれたらそれでええねん。Simonも未来の誰かにPay fowardしてあげてな。」

Simonの鈴鹿滞在は僅か3泊4日の短いものだったが彼にとって少しでもプラスの経験になったのであれば幸いだ。

あ・り・が・と・う Simon。



日本リーグ前半戦を終えて

[ シーズン2016/2017 ]

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怒濤の10月が終わった。先週末、日本リーグ前半戦が終了した。

日本リーグの一巡目を終えて4勝2敗。日本リーグ中断期間に挑んだ岩手国体では早々に大阪に敗れて鈴鹿に戻ってきた。

そして日本リーグが再開。2巡目がスタート。広島メイプルレッズ、SONY、北國銀行との3戦。

MVI 20-25 広島メイプルレッズ
MVI 24-18 SONY
MVI 13-29 北國銀行

主将の原の離脱に続き、主力選手が10月上旬のゲームで度重なるアクシデントに見舞われた。何とか9戦5勝4敗、勝点10の3位で前半戦を終えることができた。原点回帰して、シンプルに自分達のストロングポイント、強みを整理する事ができた。

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10月上旬、中旬と苦しい時期に、試合会場でシューターズの大声援を聴くたびにパワーを貰った。練習に激励に来てくれる人が何人もいた。本当に有り難かったし、頑張ろうって思う事ができた。勝利の喜びも、敗戦の悔しさも、共に感じてくれるシューターズがいる。

選手の職場の同僚の家族が試合後に声をかけてきてくれた。
「何か一生懸命頑張るっていいっすね。絶対またハンドボール応援しにきますね。」
「監督、俺初めてハンドボール応援にきたっすけど、何か熱いっす。」
ホームでの試合後にこんな事言われて嬉しくないわけがない。

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ホームゲームの会場が少しずつ紫色に染まってきた。紫色に染まりつつある試合会場でハンドボールができて嬉しくないわけがない。燃えないわけがない。

11月1日、バイオレットの監督になって1年半が経過した。久しぶりに強化戦略プランを読み返した。11月、12月のブレイク期間にどの部分に力を注ぐのか、しっかりと見極めたい。



紫色の使者 明日、韓国へ

[ さばスポ三重バイオレットアイリス ]

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明日、早朝鈴鹿を出発して関西国際空港経由で韓国は釜山に入りする。三重バイオレットアイリスとしての初の海外遠征。クラウドファンディングなど、多くの方のご支援ご協力の元に出発することができる。

ここ2週間は日本代表5名と鈴鹿組10名とは別の場所での活動が続いていたが、日本代表5名もヒロシマ国際&北信越サーキットを終えて先ほど無事鈴鹿に戻ってきた。

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鈴鹿組も高体連技術講習会などのホームタウン活動に加えて、先週末は飛騨高山ブラックブルズとのトレーニングマッチなど行ってきた。ふるさと選手の大学生2名を加えて充実したトレーニングマッチを行うことができた。

明日、韓国入りした後に現地で、代表組と鈴鹿組と久しぶりに一緒にトレーニングを行って最終調整の予定だ。

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話は韓国遠征から少しそれるが、今回の北信越サーキットでは、北陸電力フレア体育館で開催されたこともあって北電ジュニアのみんなが選手入場の際のエスコートキッズだったようだ。北電ジュニアの子たちと日本代表として活動していたバイオレットの選手たちとの1枚。

僕が北陸電力で現役選手の時に、ジュニアチームを月2回ほどのペースで指導させてもらっていた。その時に観させてもらつていたのが彼らだ。過去と現在の融合というかなんとも嬉しい写真だ。

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2012年、4年前の彼ら。懐かしの1枚。

彼らは今日から京都で全国小学生大会に出場のようだ。最高の夏になるように楽しんできてもらいたい。

僕らも韓国でバイオレット旋風巻き起こすぜぃ!!!



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