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アジア大会2018を終えて

[ おりひめJAPAN ]

アジア大会を終えて帰国した。予選ラウンドを4戦全勝で1位追加。ベスト4で中国に1点差で敗戦。その後の3位決定でタイに勝利して銅メダルで大会を終えた。

金メダルは韓国、銀メダルは中国、銅メダルは日本。目標としていた決勝戦には一歩届かずだった。悔しい気持ちもあるし、銅メダルを獲得できた事に喜びや誇りも感じている。というより感じるようにしているという方が正確かもしれない。やはり悔しい気持ちは小さくない。

2017年の世界選手権以降、2018年に入ってからジャパンカップ@高崎でのポーランド戦、デンマークでのコペンハーゲン戦、熊本トライアルゲームズのニューコビン戦などを通じてこのアジア大会に向けて準備を進めてきた。

若干のメンバーの出入りや、けが人などはあったが、おりひめJAPANとして一歩一歩ビルドアップさせながらアジア大会に臨んだ。開会式よりも早く現地入りし、予選ラウンドを戦っていった。40点台、時には60点を超えるハイスコアで予選4試合を勝ち抜いていった。その後急激に対戦相手のレベルが上がってのベスト4だった。

THW Kielのアシスタントcoach経験のあるドイツ人監督を招聘し、体格を活かしたスケール豊かなハンドボールを展開する中国との真っ向勝負の準決勝だった。前半立ち上がりは6-10の4点リード許すが、そこから巻き返し前半を終えて15-13の2点リードでハーフタイムを迎えた。後半も3点リードを保ちながら優位に試合を進めていったが、後半ラスト10分に逆転を許す31-32の1点差で敗戦。決勝には駒を進めることができなかった。

この敗戦から何を学び、次にどう活かすか。日本代表はそんな場じゃないのかもしれないが。それ以外にない。

ここから先はハンドボールの勝敗とは直接関係ないけど、ハンドボールやスポーツを通して僕自身が今回感じていたこと。

7月中旬から今回の活動はスタートし、デンマーク(スウェンボー&ニューコビン)、東京、熊本、東京、ジャカルタと約7週間も続いた日本代表活動だった。気候、食事、文化、民族、国の違いを感じとる事ができるなかなかユニークな7週間だった。

中でもアジア大会の開会式に参加できたことや、選手村での生活は普段なかなか経験できないものだった。

開会式で感じた高揚感は言葉にできないような素晴らしいものだった。

ハンドボールの日本代表の男子の選手やスタッフ、女子でも他の国の選手やスタッフ、または日本の違う競技の選手やスタッフと選手村の食堂やトレーニングルームで何度か顔を合わせて挨拶するようになった。

レスリング日本代表の選手やスタッフのトレーニングを見たり、話を聞かせてもらえたことは素晴らしい気づきになった。鈴鹿を拠点に活動する陸上の衛藤さんが「鈴鹿組で一緒に頑張りましょう」と部屋を訪ねてきてくれたのも嬉しい出来事だった。

台湾男子代表のちょう君、韓国代表男子コーチの白さんは日本リーグでも顔馴染みだったので、会うたびにお互いに声を掛け合っていた。中国代表コーチやタイ代表コーチとも、それぞれ代表チームのコーチっていう境遇もあってか試合会場で会うたびにどちらからともなく声を掛け合っていた。

また現地でのボランティアスタッフは片言の日本語で話しかけてきてくれたり、テレマカシー&サマサマ(ありがとう&どういたしまして)とインドネシア語で挨拶を交わしたり、練習会場や試合会場で割と顔なじみになって一緒に写真を撮ったりした。

2006年に日本を出てドイツでプレーすることを機会に僕は今まで自分が日本人であるということは割と意識して生きてきた。今回このアジア大会に参加して、自分がいるアジアのこと、全然知らないんやなって凄く思ったし、自分はアジアの一員なんだって自然に感じるようになった。

メダルセレモニーがひと段落して、原と多田が「しょうがないから一緒に撮ってあげますよ」って銅メダルを首にかけてくれたのは最高に照れ臭くて、最高にいい思い出になった。



鈴鹿にて

[ 三重バイオレットアイリス ]

今日は7月16日、今は東京に向かう新幹線。明日7月17日から本格的に日本代表活動が再開。デンマーク合宿、国内合宿を経て、アジア大会(ジャカルタ)という流れでの活動、次に鈴鹿へ戻るのは9月上旬になりそうだ。今回は1ヶ月半もの間、鈴鹿を離れることになるだろう。

6月26日から7月16日までの3週間弱は三重バイオレットアイリスの強化に集中していた。選手個々の成長を見極めながら、やる事を絞って強化を図った。限られた時間と機会の中で選手たちは集中して頑張ってくれた。1日、1回の練習、1プレー、1分、1秒無駄にはしない。そんな想いで本当に頑張ってくれた。

通常のトレーニングとも並行して、リクルート対象選手の受け入れ、ファン感謝デー、バイオレットJrカップ、トークセッション、公開紅白戦、選手との個人面談、大学生の夏合宿受け入れなど、未来への種まき&ホームタウン活動などイベント盛り沢山の毎日だった。

3連休前の2日間7月12日、13日は意識的に予定を開けて、梶原コーチと個人個人の成長とチームの強化の方向性をずっと話し合っていた。何だかんだ言って、梶原がいるから何とかやっていける。

3連休の初日7月14日は自宅から一歩も出ずに梶原コーチと共有した内容を元に、これからの事を整理していた。僕にとって、こういう時間&機会を持つことは大切なこと。意識的に考えを纏める時間を持たないと、集中して行動できない。

そして昨晩は池原綾香(ニューコビン)のおかえりパーティー。(古巣に顔を出してくれて嬉しい限りだ。)クラブのみんな、気の合う仲間でゆっくりと時間を過ごすことができた。高井さん、梶原の誕生日祝いと共に、妻の誕生日もみんなで祝ってくれた。江森(えもち)が新スタッフに加わってくれた。息子も照れ臭そうに、でも嬉しそうに「Super Violet Soul」の輪に加わっていた。クラブのイベント参加を楽しんでくれる家族がいるのもこれまたありがたい。

まだまだ道半ばではあるが、いいクラブになったなとつくづく思う。本当にこのクラブの監督係で良かったなと思うし、この選手たち、このスタッフと、この仕事ができて幸せやなと思う。毎日楽しくてしょうがない。

あーだこーだ言いながらも、限られた時間と機会である事を理解して、ハンドボールをやる時は、ぐっと集中して頑張る選手たちには感謝の気持ちしかない。まあ選手たちは「早く行ってくれ。もう帰ってくるな。おらん方がいい。」と言うやろうけどね。そう言う意味で、選手たちの集中力と結束力は凄まじいのだ。

この後、チームは7月末の東海ダービーを経て、8月2週目には国体東海予選へ挑むことになる。選手もスタッフも色んな想いを持ってこの国体東海予選に向かっている。本番のその場に全員が揃うことはできないけど、自分が関わった何かが、チームの何処かに関係している。みんなそんな想いでやっている。一隅を照らす。

暫くみんな離れ離れになるけど、選手もスタッフもそれぞれの場所で成長し、9月にまたみんなで会おう。



無毛な人たちの、不毛ではない会話

[ 三重バイオレットアイリス ]

5月23日から5週間続いたおりひめJAPANの活動も先日のJAPANカップ2018、日韓定期戦2018で一旦一区切り。6月26日に韓国から帰国し久しぶりに鈴鹿に戻ってきた。

5月中旬から下旬までのおりひめJAPANコーチとしての活動は、社会人選手権視察、フィジカルクリニック参加。

その後一旦MVIの活動に戻り鈴鹿経由で5月29日に韓国へ移動し釜山国際親善大会に参加。アメリカ戦、香港戦、釜山BISCO戦を戦った。

6月初旬、釜山国際親善大会3戦を終えたところで僕は原、多田、河嶋と共に釜山から東京、アムステルダムを経由してデンマークへ渡りおりひめJAPANに再合流。

MVI本隊はその後も国体を見据えたメンバーでオーストラリア戦、セネガル戦を戦った。MVIの釜山国際親善大会の戦績は3位(5戦3勝2敗)、大会ベスト7に加藤、團が選出された。過去に膝の大怪我をした二人が努力を重ねてこうして国際大会で正当に評価して貰えるのは本当に嬉しい。

話が前後したが、おりひめJAPANのデンマーク遠征に合流後、アイスランド、デンマークU20、デンマーク男子U16とのテストマッチを5月中旬まで重ねていった。世界選手権2017の戦術の再確認および新戦術&新加入選手のテスト、これらを繰り返しながらチームを再構築していった。

6月中旬にデンマークから帰国し、ヤングおりひめ(日本代表U24)との合同練習などを交えながら強化合宿を継続。6月21日に群馬県高崎市へ移動。いよいよJAPANカップ2018に向けての本格的な準備開始。対戦相手は欧州の強豪国ポーランド。

今回のJAPANカップはノンタイトルマッチとは言え、世界選手権2017のおりひめJAPANの躍進を経て、現在のチームの成長を日本の皆さんに応援して貰える絶好の機会。チーム内にとっても、チーム外にとっても色んな意味で大切なJAPANカップ、ポーランド戦だった。(まあこの時期色々あったしね。)

試合当日ウォーミングup前のベンチで監督のウルリクと応援席を見渡しながら「こんな風に日本で応援して貰えて、ハッピーだなぁ。いい試合にしよう」と無毛な二人が不毛ではない会話をしていた。

試合開始直後こそ、ウルリク曰く「ラグビーハンドボール」のポーランドの力技に苦戦し1-4とリードを許す展開だったものの、選手たちは慌てる事なく体制を立て直した。前半は苦しみながらも11-13の2点ビハインドでハーフタイムへ。

ハーフタイムでは後半に向けての修正ポイントをウルリクと共に再確認した。

後半の立ち上がりで追いつき、その後は一進一退の攻防が続いた。後半残り10分からおりひめジャパンは再加速。最後は一気にギアを上げてポーランドを押し切った。

日本 27(11-13 15-7)20 ポーランド

7点差をつけて見事に逆転勝利。苦しい時間帯もあったが、ブルーのスタンドからの応援が本当に力になった。

試合前に会場全員が起立して、ナショナルフラッグを見上げ、肩を組みナショナルソングを歌うその瞬間。おりひめJAPANの応援をする。そのチームの選手としてプレーする。そのチームのスタッフとして選手をサポートする。選手がプレーしやすいように、ファンが楽しめるように、運営者として全力を尽くす。

「自分がこの国の、ハンドボールの今と未来の何処かに携わっている。」

会場にいる全員とそう感じることのできる時間であり、空間だった。

ノンタイトルマッチとは言え、色んな事を試しながら、ポーランドに、そして日本で、このタイミングで勝利できた事は本当に意味のある事だと思う。

JAPANカップ2018を終えて、おりひめJAPANは帰京。翌朝早朝に彗星JAPAN(男子代表)と共に日韓定期戦2018へ向けて韓国へ移動。MVIの釜山国際親善大会から約1ヶ月、今度はおりひめJAPANと共に韓国へ戻ってきた。ポーランド戦から中一日で韓国戦へ。

海外遠征、国際試合にはイレギュラーが付き物、スケジュール&環境は現地に入らないと分からない&決められない。現地入りしても予定は目まぐるしく変わる。整理整頓された中、万全の準備が整った中で力を発揮することも大切だが、想定外のことが起きた時の対応力や思い通りにことが進まない時の修正力もこれまた大切。

思い通りにいかない時に何ができるか。今ある条件下で何ができるか。こういう経験をするために海外遠征や国際試合が組まれている。望むところだ。

ポーランド戦から若干メンバーが変更になり8月のアジア大会を想定したチームで韓国戦に挑んだおりひめJAPAN。立ち上がりから韓国の巧みな試合運びに苦戦を強いられる展開が続いた。

日本 20(9-14 11-13) 27 韓国

終わってみれば、ポーランド戦と全く逆のスコアでの敗戦だった。おりひめJAPANのコーチになって初めてアジアのチームとの対戦だった。これまでは欧州を中心に南米、アフリカのチームとの対戦が続いていた。

韓国との対戦を通して多くの課題が浮き彫りになった、それが何よりの収穫だった。

今回の日韓定期戦2018を終えて、おりひめJAPANの活動は一旦ブレイク。次回は7月中旬から活動再開の予定だ。

さあ今度は鈴鹿でMVIの監督としての活動が待っている。早速鈴鹿に戻ってウエイトTrを終え、先週末の練習試合の振り返りミーテイングを行う鈴鹿のみんなの顔を見てきた。

そして梶原コーチとのしつこいくらいの打ち合わせ。釜山国際親善大会以降のチームの様子や選手個々の様子、7月中旬までのテーマ、スケジュールなどを話し合ってきた。

わずか2週間ちょっとではあるが、少しでもMVIの選手たちの成長の手助けが出来るように全力を尽くそう。

6月27日から本格的にMVI監督係として活動再開。これまたエキサイティングな仕事が始まるのだ。



7月のあれこれと徳島遠征と日韓定期戦

[ 三重バイオレットアイリス ]

7月が終わろうとしている。7月もあっと言う間だった。

大学生男子にチャレンジさせてもらった中部大学との合同練習、これは月末の徳島遠征、BSV(ドイツ)との一戦への試金石にしたかった。心や頭のトレーニングを目的としたSBTやライフスキルセミナー。池原(デンマーク・ニューコビンへの海外移籍)の送別会。池原は7月19日にデンマークへ旅立っていった。三重、岐阜、愛知、奈良、石川の小学生ハンドボーラーが鈴鹿に集結したバイオレットJr.カップ。バイオレットの選手もちびっ子ハンドボーラーと交流させてもらった。HC名古屋、飛騨高山BB岐阜、そして三重バイオレットアイリス、日本リーグ所属の3クラブがリーグ戦形式で対戦した東海クラブダービー。

そして7月最終週の徳島遠征。昨シーズンドイツ・ブンデスリーガ4位&ドイツポカールチャンピオンのBSVとのテストマッチを元にしたものだった。今鈴鹿でトレーニングを重ねる選手の7割がルーキーを含めた入団2年目未満の選手だが、若いメンバーでどれだけBSVにやれるのか?非常に楽しみにしていた。

MVI 22(15-16 7-13)29 BSV

前半8分6−2と好調な出だしの後、BSVはタイムアウト。おそらく序盤はMVIを舐めていたじゃないかと予想する。

このタイムアウトからが本当の勝負だった。オフシーズン中の欧州のチームはテストマッチでは勝敗ど返しで新戦術を試してきたり、日本には観光気分で来ている、経験的にそんな事は理解している。まずはこっちが先制パンチ喰らわせて、相手を本気にさせてからが勝負だと思っていた。

タイムアウトの後、本気スイッチの入ったBSVが襲いかかってきた。その後、一進一退の攻防が続き前半を終えて15-16の1点ビハインドでハーフタイムへ。後半の立ち上りから10分近く得点が奪えずに一気に10点近いリードを許してしまった。そのあと何とか攻撃を立て直して、追い上げるが逆転するには及ばす7点差での敗戦だった。

大型選手に対してこういうプレー&選手は通用すると仮説立ててこの2年間MVIを強化してきた。最初に通用したプレーに対して相手が対応してきた後に、次はこういうプレー(解決策)が必要・有効ではないか?そんな事を感じ取る事ができたBSVとの一戦だった。手応えと課題と手に入れる事ができた。それにしても選手は本当にいい表情でハンドボールしていた。一人のアスリートして純粋に強い相手と一戦交える。こんなに嬉しいことない。

徳島遠征を終えた翌日ではあったが、日韓定期戦を観戦してきた。

MVIから日本代表として選ばれている選手がどれくらい国際舞台で活躍できるのか?また国、性別、チームをを問わず国際舞台ではどんな選手が活躍し、どんなプレーが通用するのか?ナショナルフラッグを背負ってプレーする選手はどんな人間なのか?男女の国際試合を通してそんな事を観てきた。男女両チームの戦術や戦略、大会運営や会場の盛り上がりなどをライブで感じたかったのは言うまでもない。

MVIの主戦場は現時点は日本国内ではあるが、池原がデンマークに旅立ち、日本代表としても、原、多田、河嶋が活動している。鈴鹿で腕を磨いている選手の中にもいずれは自分も世界の舞台でと野心を持つ選手も少なくない。

国内で活躍することは勿論のこと、その先を見据えて個人・チームを強化していく。そういう視点の必要性を改めて感じた徳島遠征と日韓定期戦だった。

明日からは8月、指導者講習会、大学生チームの夏合宿の受け入れ、国体東海予選、そしていよいよ日本リーグが開幕する。



旅立ちのとき

[ 三重バイオレットアイリス ]

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6月に入って1週間が経過した。日本代表組は日本を旅立ち、欧州入りした。鈴鹿組は平日は個人能力をあげる事に集中し、週末は練習試合で実戦経験を積んでいる。怪我で戦線離脱しているメンバーも手術やリハビリと向き合い懸命に頑張っている。

そんな中、池原綾香がデンマークリーグ・ニューコビンへの海外移籍を決めるニュースが流れた。統一契約書にもサインを済ませ、現地でのプレスリリース&記者発表も無事に終えた。ニューコビンは2016/2017シーズンのデンマークリーグ・プレーオフを勝ち抜き王者に輝いたクラブ。これに伴い、2017/2018シーズンの欧州チャンピオンズリーグ(以下CL)の出場権を獲得しているクラブである。未だかつて、そして男女通じて日本人選手がCLの舞台でプレーしたことはない。

少しだけ、僕が観ていた池原のニューコビン正式契約までの軌跡をここに記しておこう。(当然、全てをここに書くことはできないけどね。)

半年程前に池原本人から欧州挑戦についての相談を受けた。そこから半年に渡る入念な準備をし、4月から1週間ほど単身デンマークに渡り、自分の目でデンマークという国を感じ、ハンドボールを感じ、自分の事を現地のハンドボール関係者に観てもらった。

その時に現地でのコーディネートを買って出てくれたのが3月に鈴鹿にきてくれたデンマーク人のSimonだった。3月の時点で、池原とSimonに接点はなかった。池原はアジア選手権に向けての日本代表活動の為に、鈴鹿を離れていたからである。Simonは日本と日本ハンドボールへの接点を求めていた、池原はデンマークでのヘルプを求めていた。それぞれの存在とニーズをそれぞれに伝えた。

海外(ドイツ)でのプレー経験のある僕や梶原の所には要所要所で相談にはきてくれたが、基本的に池原自身がでSimonと日本ハンドボール協会の担当者に連絡をいれ少しずつ話まとめていき、自らの力でデンマークへの歩みを進めて行った。

4月中の話だが、練習を終えて自宅で夕食をとっているとよくFacebookのメッセンジャー(Simon、池原、梶原、僕のグループ)が鳴った。池原が慣れない英文を作って必死にSimonと連絡を取り合っていた。梶原と僕はやれる所までは池原自身でと決めていたので、見守ることに徹していた。池原は「海外に行きたい」と口にするだけではなく、自ら具体的に行動を起こしていったのだ。

新シーズンがスタートする時点で池原の口から海外移籍を視野に入れている事はチーム内でもオープンになっていた。4月末、5月頭の約1週間、単身デンマークへ渡った。渡欧前、「今シーズンの海外移籍の可能性は5%くらいでは?」と池原本人も口にしていた。

僅か1週間ではあったが結果としてこのアクションが大きかった。

多くの方に支えて貰っての今回のニューコビン移籍。サポートして下さった皆さんへの感謝の気持ちは忘れないで欲しい。それと同じくらい、今回の正式契約、海外移籍を実現させた自分自身の行動力に自信を持って欲しい。

まだ欧州挑戦へのスタートラインに立ったに過ぎない。いよいよプロフェッショナルのシビアでタフな世界に足を踏み入れるわけだ。だからそこ全てを受け入れ楽しんで欲しい。

池原に限らず、バイオレットのみんなは今、新たな一歩を踏み出そうとしているメンバーが多い。

怪我を受入れ、あるいはコンディションを整える為に手術に踏み切る者。初めてフル代表にチャレンジする者。フル代表で定位置確保に向けて闘志を燃やす者。職場を変えて心機一転頑張ろうとする者。退路を断って鈴鹿に飛び込んできた者。パートナーとの二人三脚へと準備を進める者。バイオレット内でのポジション獲得に向けて目の色を変えている者。

欧州、鈴鹿、病院と活動する場所は違っても、みんなそれぞれの場所で成長していこう。



プレーオフを終えて

[ 三重バイオレットアイリス ]

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先週末の熊本でのプレーオフが遥か昔のように感じる。プレーオフ後も神戸での高校選抜大会の視察、滋賀県高校生女子&指導者対象の講習会、鈴鹿に戻って東海大学の合宿受け入れなど、バタバタとしていた。3月31日、ようやく2016年度が終わる。

人生一度きりの初出場初優勝のチャンスにチャレンジしたプレーオフ。残念ながら女王北國銀行には勝利する事ができなかった。粘りに粘って食らいついていった前半、勝負に打って出た後半立ち上り、8-16の8点ビハインドから怒濤の追い上げを魅せた後半終盤。今のバイオレットの全てが凝縮されたような試合だった。

準備してきた事が出せた部分も多い、しかし全てが上手く行った訳でもない、選手ひとりひとり感じている事も違うかもしれないが、それも含めてプレーオフ。最高にエキサイティングな60分を終えて、本当に悔しそうな顔をみせる選手たち。

バスに揺られて、鈴鹿から熊本まで12時間かけて移動して、おふくろさん弁当を広島で食べて、クラウドファンディング&シューターズ&スポンサー、本当に多くの方に支えて頂いてたどり着いた決戦の地熊本だった。

プレーオフ争いと平行しての日本代表合宿、JHL最終戦での劇的な勝利&プレーオフ初出場確定、アジア選手権を終えての現地合流、ほぼぶっちけ本番に近い状況で挑んだプレーオフ。

プレーオフの舞台でプレーするために本当に多くの方のご協力、ご支援があってバイオレットの選手たちはあの最高の場所でハンドボールができた。選手たちはそのことを十分すぎるほど理解して、その想いを胸に秘めてプレーしてくれていた。

今回、初出場初優勝は出来なかったが、選手たちは最後の最後まで本当に闘い抜いてくれた。

2016年度の三重バイオレットアイリスに関わってくれた全ての皆さん、本当にありがとうございました。

そして明日からの2017年度、勝利の喜びも敗戦の悔しさもみんなで共有して、みんなで成長していこう。

【準決勝】
三重バイオレットアイリス 20-23 北國銀行
広島メイプルレッズ 25-19 オムロン

【決勝】
北國銀行23-14広島メイプルレッズ



Pay forward

[ 三重バイオレットアイリス福井大学医学部コーチ ]

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デンマークからSimon Wada(シモン・ワダ)が鈴鹿に来てくれた。3月8〜11日まで3泊4日と短い鈴鹿滞在の中で、鈴鹿市ハンドボール教室、バイオレット(3回)、バイオレットの個人練習(2回)、福井大学医学部、三重県小学生講習会と合計8セッション一緒にコーチング機会を持った。

こういう書き方をすると旧知の仲みたいなってしまうが、僕とSimon Wadaとの出会いは3月8日が初めてだった。中部大学の後輩で元琉球コラソン、デンマークでもプレー経験もある池田順から「日本でコーチング機会を求めているデンマーク人があるんですけど、櫛田さんに繋げてもいいですか?」と連絡をもらった。

池田順から、そんな連絡が入ったのが2月末だったと記憶している。それこそ、池田順から連絡を貰ってその日の深夜にFacebookメッセンジャーでSimonと話したのがスタートだった。

SimonはけしてデンマークのTOPコーチではなく、子供達や女の子の指導を得意にしている27歳のデンマーク人コーチ。Simon Wadaとあるように、奥さんが日本人。片言の怪しい日本語とけして流暢でない英語(その方が聞き取りやすい)で意思疎通を何とか図った。

過去にも大阪Jr.クラブや北野高校など関西方面を中心に日本の子供たちへのスポットコーチングの機会を何度か持った経験がある事、デンマークでの活動よりも日本の子供たち、日本のハンドボールへの関心を持っていることを怪しい日本語と英語で教えてもらった。そして、3月いっぱい日本滞在になるので子供たちや女性への指導機会を日本で捜していることと、三重バイオレットアイリスの練習や取組みを見学してみたいという希望も話してくれた。

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実際にこんな感じで佐野が勤務する「おふくろさん弁当」へお昼弁当を一緒に買いに行ったりもした。

一度目のやり取りが終わるころには日本リーグのレギュラーシーズン終了後の3月8〜11日まで鈴鹿に来てくれる事がほぼ決まり、僕はと言えば妻に相談もせずにSimonに「自宅に泊まっていいよ」と伝えてしまった。その後、「また勝手に決めて」と笑いながら妻に怒られた事は言うまでもない。

3月11日には三重県の小学生80名以上への講習会の依頼を元から頂いていたので、Simonの簡単なプロフィールを纏めて主催者&県内の指導者の皆さんへ案内させてもらった。

外国人コーチからコーチして貰える機会を何とか三重県の子供達に提供したかったし、Simonのチャレンジを可能な限りでサポートしたかった。その一部始終をバイオレットの選手たちに観てもらい、何度かSimonからコーチングを受ける事でバイオレットの選手達にも何かを感じてもらいたかった。

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Simon自身が教えてくれた通り、けしてSimonはTOPコーチでないのだろう。でもそんな彼が異国の地で母国語(デンマーク語)ではない言葉で、異国の選手に情熱とユーモアを持って指導する姿をサポートさせてもらえて僕も本当に刺激を受けた。日本で草の根で活動してる指導者が欧州に行って、現地の子供達にコーチングしている姿を想像してみて欲しい。相当なエネルギーが必要だし、かなりチャレンジングなアクションだと思う。僕が今、欧州で現地の選手に現地の言葉で日本人選手へのそれと同じようにコーチングができるかと聞かれたら即答で「No」と言うしかないだろう。

実際にSimonのコーチングが全て上手くいったかと言えば、そんな事はなく、バイオレットの選手へのほんの20〜30分のコーチングの中でも試行錯誤している様子が伺えたし、バイオレットの選手たちが戸惑っている場面も何度かあった。Simonはそれも踏まえて次のトレーニングプログラムの為に準備を重ねていた。

でもこれはSimonに限らず、僕だってそうだし世界中のコーチも同じだと思う。新しいメニューを組む時、新しい戦術を導入する時なんかは準備も含めて試行錯誤の繰り返しだし、指導者が学びとチャレンジをストップさせて、リスクをとらなくなればチームも選手の成長もその時点でストップする。

何度かのコーチング機会と昨日の三重県小学生の講習会を無事に終えて、Simonを囲むバイオレットの選手達。牛乳瓶の底にみたいに分厚いメガネを外して涙ぐみ、言葉に詰まるSimon。そのSimonの様子にこれまた涙ぐみ、もらい泣きするバイオレットの選手たち。

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鈴鹿滞在中にSimonが何度も僕に聞いてきた。(もちろん怪しい日本語と英語でのやりとり)

Simon「何でクシ、サミ(妻)、アキラ(梶原BM)はこんなにもウエルカムなんだ?」

僕「Pay fowardって言うんやっけ?俺もサミもアキラも、ドイツやカナダで現地の人に家族同然で助けてもらったし、挑戦させてもらったから、そんなの当たり前や。特別な事じゃない。だからSimonは三重の子供たち、日本の子供たち、バイオレットの選手たちに返してくれたらそれでええねん。Simonも未来の誰かにPay fowardしてあげてな。」

Simonの鈴鹿滞在は僅か3泊4日の短いものだったが彼にとって少しでもプラスの経験になったのであれば幸いだ。

あ・り・が・と・う Simon。



プレーオフへ

[ 三重バイオレットアイリス ]

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日本リーグ最終戦を終えて、ようやく少し落ち着いてきた。最終戦のHC名古屋との一戦に勝利して三重バイオレットアイリス創設初のプレーオフ出場切符を摑み取ることができた。

18戦を終えて9勝9敗(勝点18)の4位でレギュラーシーズンを終えた。1月7日から日本リーグが再開し、その時点では5勝4敗(勝点10)で3位につけていた。この時点では北國銀行とオムロンが頭一つ、二つ抜けて、3〜5位をMVIとSONYと広島メイプルレッズの3チームでプレーオフの切符残り2枚を争うような勢力図だった。

リーグ再開直後の1月7日の飛騨高山BB戦を落として5勝5敗、翌々日のホーム最終戦でもあったHC名古屋戦に快勝し6勝5敗。敵地熊本に乗り込んでのオムロン戦を落として6勝6敗。この時点ではまだ3位。

その後、2週間のブレイク期間を経て、デッドヒートを繰り広げる広島メイプルレッズ、SONYとの連戦。1月末、2月頭に一つ目の山場を迎えた。

アウェー広島に乗り込んでの広島メイプルレッズ戦、後半終盤4点差を一旦は同点に持ち込むものの、再度突き放されての敗戦。ここで6勝7敗でMVIが4位に後退。広島メイプルレッズが3位に浮上。

翌週のSONY戦は立ち上りからリードを広げて快勝し14戦7勝7敗、同会場で広島メイプルレッズがオムロンとの一戦を制して、プレーオフ争いを一歩リードする形になった。

この後、残すのは北國銀行、飛騨高山BB、オムロン、HC名古屋との4試合。ここでチームにとって大きな決断を迫られた。チームの大黒柱でもある原主将の膝のコンディションがなかなか戻ってこない。彼女は昨年9月に膝の半月板を損傷し、手術をしていた。日本リーグと平行してのアジア選手権に向けた日本代表の強化合宿、そしてプレーオフ争い、彼女のコンディションは限界寸前のところまできていた。

本人、そして日本代表スタッフと何度も調整を重ねて北國銀行、飛騨高山BBとの2戦の回避を決断した。この2試合を回避して2週間、フィジカルトレーニングを優先し、コンディションを整える事に集中させた。

そんな中で迎えた女王北國銀行戦は前半8-7の1点リードで折り返すも、後半に逆襲を食らって14-18の4点差で敗戦。これで15戦7勝8敗、この時点で順位は4位。

そして迎えた飛騨高山BB戦は終盤までもつれる大接戦、前節での同カードでの敗戦、もっと言えば、昨シーズンプレーオフ争いから脱落する事になったこのカード、そんな事が選手の脳裏をかすめるような試合展開だったが、終盤に怪我からの完全復活を目指す司令塔の加藤が勝負どころでシュートをねじ込み19-17の2点差で勝利を摑み取った。試合後に「みんな、ありがとう」と泣き崩れる主将の原。これで残り2戦を残して16戦8勝8敗の4位。

この裏でも大一番、SONYと広島メイプルレッズとの一騎打ちがあり広島メイプルレッズが劇的な同点ゴール(スカイプレー)を決めて勝点1ずつを分け合った。(あとあと考えるとこの引き分けで、更にプレーオフ争いはややこしくなった)

そして、プレーオフの切符が決まるかもしれなかった2月の最終週末。2月25日、SONYvsオムロン戦。26日にSONYvsオムロン。MVIvsオムロン。SONYがこの2試合を落として、MVIが勝てば、MVIにプレーオフの切符が、SONYが2連勝し、MVIがオムロン戦を落とせばSONYにプレーオフの切符が渡る。そんな運命の2月最終週末。

25日、SONYが今シーズンのベストバウドとも言う会心のゲーム運びでオムロンを撃破した。チーム内にも衝撃が走った。MVIは日本リーグでオムロンにただの一度も勝点をとったことがない。そしてSONYは今シーズンHC名古屋には全勝。つまり、SONYが名古屋に勝利して、MVIがオムロンに敗れるとその瞬間にMVIはプレーオフ争いから完全に脱落しSONYがプレーオフの切符を手にする。こんな現実が待ち受けていた。

26日、僕らの試合前にSONYがHC名古屋に敗れた。ここで勝点をとる事ができればプレーオフに大きく近づく、そんな中で迎えたオムロン戦。この試合から原が再び戦列に復帰した。前半から一進一退の目まぐるしい攻防が続く、後半開始早々にMVIが一気にリードを広げて一時17-11と6点リードを広げた。しかし、ここからオムロンの逆襲が始まり終わってみれば22-24の2点差で敗れた。これで17戦を終えて8勝9敗、前日にオムロンに勝利をおさめたSONYに交わされて5位に後退した。

そして運命の日本リーグ最終週、3月4日にSONYvs北國銀行、5日にMVIvsHC名古屋。

4位 SONY 17戦8勝8敗1分(勝点17)
5位 MVI 17戦8勝9敗 (勝点16)

最終週を迎える時点の順位と勝点はこんな感じだった。3月4日にSONYが北國銀行から勝利すると、その時点でSONYがプレーオフ。引き分けもしくは敗れると、5日のHC名古屋戦で全てが決まる。そしてSONYは北國銀行に敗れた。

引き分け以上でクラブ創設初のプレーオフの切符を手にする事ができる。日本リーグ最終戦、運命の3月5日。泣いても笑っても残り60分。

MVI 25(11-9 14-4)13 HC名古屋

前半はさすがに固さが見られたが、後半早々にリードを広げていくMVI、そしてファイナルカウントダウン。既にベンチで涙を浮かべるGK山根。

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4位 MVI 9勝9敗 (勝点18)
5位 SONY 8勝9敗1分 (勝点17)

半年以上にも続く、リーグ戦を18試合(18時間)戦い、最後は勝点1の差で何とかプレーオフの切符を摑み取ることができた。昨シーズンは勝点1の差で摑み取る事できなかったこの切符。一年間のその僅かな差(大きな差)を詰める為にハンドボール、チーム、自分と向き合い続けた選手達。

10年以上も変わる事の無かった日本リーグの上位4チームの座、ここに割って入る事ができたのは、これまでクラブを支えてきたスタッフ、そしてOGの皆さん、これまでクラブに関わってくださった全ての皆さんの御陰。心の底からそう感じる。

毎週、毎試合の様に順位が変動する中でも初めて経験するプレーオフ争いそのものを楽しみ、驚くほど冷静に目の前のことに集中し続けてくれた選手達。バイオレットの歴史を変える瞬間、いつも苦しい時こそ応援してくださっているシューターズの皆さんとその喜びを共有したいと歯を食いしばって頑張ってくれた選手達。

しかし、喜ぶのはここまで。

プレーオフは日本一に挑戦する為のスタートラインに過ぎない。もう一度ねじを締め直して、これまで通り目の前の事に集中し、最善の準備を重ねて本番に臨もう。



MVI2016トライアウト

[ 三重バイオレットアイリス ]

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昨年に引き続きトライアウトを開催。

昨年の合同トライアウトの後、今年に入って個別でテストを受けにきてくれた選手が7人。高校生、大学生、日本リーグの他チーム、そして社会人チームからなどバックボーンは様々。

既にバイオレットの一員として活躍中の選手もいる。残念ながら入団できなかった選手もいる。今シーズン中に追加登録予定の選手もいる。

インカレ終了後のこのタイミングでトライアウトを開催する他のチームもある。日本リーグは高き門ではあるが、狭き門である必要は無い。このオープンな感じは、凄くいいんじゃないだろうか。

大学4年間やりきってその上を目指すのもよし、将来日本リーグを志している大学1〜3年生がチャレンジするもよし、現在社会人チームでプレーしている人がチャンレンジするもよし、中学生、高校生がチャレンジするもし、日本の外からチャレンジするもよし、三重県あるいは東海近辺で学生をしながら好きな学問を修め、ハンドボールはバイオレットで続けるという選択肢にチャレンジするもよし、プロフェッショナルとして売り込んでくるもよし。

高校生日本リーガーがいたっていい、大学生日本リーガーがいたっていい。自分の通っている学校でしかハンドボールできないなんて誰も言っていない。自分の腕次第。

チャレンジする限り、可能性は無限大。

トライアウト詳細



日本リーグ前半戦を終えて

[ シーズン2016/2017 ]

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怒濤の10月が終わった。先週末、日本リーグ前半戦が終了した。

日本リーグの一巡目を終えて4勝2敗。日本リーグ中断期間に挑んだ岩手国体では早々に大阪に敗れて鈴鹿に戻ってきた。

そして日本リーグが再開。2巡目がスタート。広島メイプルレッズ、SONY、北國銀行との3戦。

MVI 20-25 広島メイプルレッズ
MVI 24-18 SONY
MVI 13-29 北國銀行

主将の原の離脱に続き、主力選手が10月上旬のゲームで度重なるアクシデントに見舞われた。何とか9戦5勝4敗、勝点10の3位で前半戦を終えることができた。原点回帰して、シンプルに自分達のストロングポイント、強みを整理する事ができた。

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10月上旬、中旬と苦しい時期に、試合会場でシューターズの大声援を聴くたびにパワーを貰った。練習に激励に来てくれる人が何人もいた。本当に有り難かったし、頑張ろうって思う事ができた。勝利の喜びも、敗戦の悔しさも、共に感じてくれるシューターズがいる。

選手の職場の同僚の家族が試合後に声をかけてきてくれた。
「何か一生懸命頑張るっていいっすね。絶対またハンドボール応援しにきますね。」
「監督、俺初めてハンドボール応援にきたっすけど、何か熱いっす。」
ホームでの試合後にこんな事言われて嬉しくないわけがない。

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ホームゲームの会場が少しずつ紫色に染まってきた。紫色に染まりつつある試合会場でハンドボールができて嬉しくないわけがない。燃えないわけがない。

11月1日、バイオレットの監督になって1年半が経過した。久しぶりに強化戦略プランを読み返した。11月、12月のブレイク期間にどの部分に力を注ぐのか、しっかりと見極めたい。



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